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休暇4
寝室にはベッドが2つ。どちらも大人2人がゆうに寝られる大きさだ。
その一方に2人はいた。1日目は別々に寝たのだが、今晩は有無を言わさず同じベッドに連れ込まれた。一緒に眠ろうと言ったギルバートに「もう子どもではありません」とレイが反論したのだが、結局何だかんだと丸め込まれてしまった。
以前は平気だったのに、最近、ギルバートに触れられると緊張する自分がもどかしい。心臓は勝手に早く脈打つし、体温は急に上がったような感じになるし、自分の身体はどこかおかしいのだろうかと真剣に悩んでいた。
そんなレイの心を知ってか知らずか、相変わらず巧みにレイを誘導するギルバートは、いつものようにとろかすような笑顔で「おやすみ」と言って、レイの額にキスをした。
しばらく額が熱いような気がした。
なかなか寝付けないレイにギルバートが子どもを寝かしつけるようにして背中を撫でてやる。
(もう、子どもじゃないのに…)
そう思ったものの、ギルバートの手が触れている背中が心地よい。相手の体温と心音を聴きながら、レイはいつの間にか眠りに落ちていた。
遠くにかすかに聞こえる小さな波の音。闇の中、足下には仄かなオレンジ色の明かりが灯してある。
静かな夜、眠っていたレイが突然目を覚ました。
素早く身体を起こすと、すぐ隣で自分を抱えるように眠りについているギルバートにそっと呼びかける。
「ギル…」
「ん……どうした?レイ」
「申し訳ありませんが、すぐに上着を着てバスルームへ行ってください。私がいいと言うまで決して出てこないように」
その言葉にギルバートの瞳が緊張した。
「護衛がいるはずだが」
「応戦中のようです」
そう言うレイの手には、どこから取り出したのか既に銃が握られていた。
「早く!」
寝間着の上にガウンを羽織ると、裸足のまま軽い足音をさせて、レイが窓際へ駆け寄る。大人の自分が子供に後を任せて情けないと思われるかもしれないが、自分がいてはレイの邪魔になることを知っているだけに、ギルバートは素直に指示に従う。
「レイ。あまり無理をしないように」
「わかっています」
ギルバートに向かってにこりと微笑む。その視線を窓の外に戻す時にはすでに敵を冷徹に処断する戦士の目をしていた。
部屋は2階にある。1階ならそのまま庭から湖まで出られるので、散策には適しているのだが、警護上の問題で1階の部屋は避けた。それでもホテル側の配慮と警備上の問題から議長の宿泊する部屋の両隣と上下の部屋は一般客の予約を入れないようにした。
(5人…いや、6人か。この程度の数で襲撃とは舐められたものだ)
レイは、カーテンの隙間から庭を見下ろす。木陰に黒い影が見え隠れしていた。
状況がつかめないので、こちらから動くことはできなかった。
こんなことになるのなら警護班長から無線を一つ借りておくのだったと、自分の不手際を呪う。
しかし、おかしい。
班長から襲撃に関する報告、若しくは避難誘導があってもいいはずなのに連絡がまったくない。この程度なら密かに処理できるという判断からだろうか。休暇中のギルバートを気遣ってのことかも知れないが、それにしても窓の外の気配がおかしい。
こちらを窺う様子で撃ってくる気配がない。
襲撃に気付かれたと分かっているはずなのにどうしたことか。
(何かあったのか…)
ギルバートの携帯からなら班長に連絡をすることができると思い、寝室に戻る。
その時、部屋のドアフォンが鳴る。
背中に緊張が走る。
受話器を取るとドアフォン越しに押し殺した声が聞こえた。
「議長、警護斑のトマスです。緊急事態です」
「レイです。どうしましたか」
相手は、議長ではなく同伴者が受話器を取ったことに驚いた様子で、一瞬ためらう。
「…襲撃を受けています。現在、対応中ですが避難をしてください。誘導します」
「わかりました」
一旦受話器を置いて、急いで班長の携帯へ連絡した。
着信はされているはずなのに応答がない。
舌打ちして、身を翻す。
部屋のドアが避難を急かすように何度もノックされる。
それを無視してバスルームに向かったレイは、バスルームの扉越しに低く囁く。
「議長。警護斑長に連絡がとれません。何らかの事故があった様子―――内部の者の犯行かもしれません」
扉が開いてギルバートが顔を覗かせた。どういう状況か察しがついたようだ。
「どうする気だ?」
「外に6人いますが、恐らく陽動でしょう。そちらは、外の警護担当の方で対応できると思います。問題は、何者かが警護斑長を害して指揮系統を混乱させていることです」
「隣の部屋にいるはずの班長とその他2名から、連絡がありません。議長のお持ちのアラームは?」
議長は非常時に危険を知らせるための小型通信機を必ず身につけている。
「鳴っていない」
「では、今、廊下にいるのは……」
誘導すると言った警護兵の様子がおかしかったことと、緊急時に本来とるべき伝達手段のいずれもとっていないことを不審に思ったレイの判断が正しかったようだ。
厳しい顔つきになったレイにギルバートが無言で頷く。
「レイ!」
身を翻そうとしたレイの手をギルバートが掴む。
「気をつけて」
指先に口付けた。
「あなたには指一本触れさせません」
手が離れる。
決意に満ちた言葉を残し、レイが駆け出した。
◇ ◇ ◇
電話に出た少年は、そのまま議長に状況を報告したのだろう。
目の前の扉を開けるのはどちらが先かわからないが、開けた瞬間に彼の呼吸は止まる。可哀想だが、議長の同伴者には犠牲になってもらわねばならない。せめて、一撃で苦しませずに送ってやろう。
少女と見まがうばかりの容貌を思い出し、少しだけ惜しいと思う。だが、情けを掛ければ我が身が危ない。
これは仕事だ。
一度割り切ってしまえば、あとは機械的に作業をこなすだけだ。
信頼を裏切ることが自分の仕事なのだ。
隣の部屋で待機中の同僚を撃ったときも、相手は一瞬信じられないという顔をしていた。
さすがに班長はすぐに状況を理解したようだった。動きが素早かったため、至近距離にもかかわらず狙いを若干はずしてしまった。急所をはずれたために抵抗されたから、大人しくなるまで何度も苦しませることになった。
議長の連れの少年。
金色の髪が美しかった。養子だと言っていたが、果たして本当にそうか?
政治家のスキャンダルなど見飽きた一般市民も、清廉かつ温厚で知られた最高評議会議長が少年をベッドに誘うような趣味の持ち主だと知ったらどう思うのだろう。
それを考えると愉しくて仕方がない。
これが仕事でなければ、議長を片付けた後、あの少年で愉しむ方法もいろいろあったが、いずれ物言わぬ骸にするのは己の手だ。それが、早いか遅いかの違いだ。
そんな醜悪な夢想はドアロックをはずす音で途切れた。
男は銃を構える。
カチャリ…と、小さな金属音をたててドアが動く。
隙間が大きくなる。
(さあ…いよいよだ)
ドアが開いた瞬間、男は躊躇わず引き金を引いた。
小さな破裂音をさせて消音装置付きの拳銃が火を噴く。
床に倒れる身体―――目の前にいるはずの人間がいないことに驚愕した。
弾はむなしく空を裂き、男が焦りを感じた瞬間、空を切る音が聞こえ腹部に激痛を感じた。
崩れ落ちる瞬間、更に頸部に手刀を当てられたのだが、それに気付くことすらできずに意識を失った。
◇ ◇ ◇
どさっと鈍い音を立てて男が床にうつぶせに転がる。
レイは、銃を構えながら足先で自分が倒した男の身体を蹴り仰向けにさせた。
顔を見る。
確かに随行の護衛の一人だった。今回の護衛の中でもたぶん一番若いその男は、今回初めて議長の警護に就いた者だった。
殺してはいないので、あとで自供がとれるはずだと思いながら、班長の安否が気になった。
廊下で倒した男の手足をベルトで縛り、拘束したあと、ギルバートの部屋のドアを閉める。確かにオートロックされたことを確認し、隣の部屋のロックを銃で壊して中に入ろうとした。
廊下の向こうから聞こえた足音にとっさに銃を構える。
「ご無事ですか!?」
息せき切って走ってくるのが、顔なじみの護衛だと知って銃を下ろす。
「外は?」
「あらかた片付けました。敵の動きが鈍いので囮だと気付いて私は戻ってきたんですが、班長と連絡が…」
護衛は、足下に倒れた男を見てすべて察したようだ。
さっと顔が青ざめた。
「まさか……」
一瞬呆然としたが、すぐに自分の責務を思い出す。
「……議長はご無事なんですね?」
「はい」
「では、すぐに応援を呼びます。あなたは議長の傍にいてください」
「いえ、先に周囲の安全確認を……状況を議長にも報告したいので」
そう言って扉を開けた瞬間に漂った匂いに二人は顔を顰めた。中に敵が残っていないか警戒しながら室内に踏み込む。
大量の血の匂い。
血溜まりの中に横たわる二つの影。警護班長とその部下が倒れていた。
「班長!」
駆け寄ろうとして、遅蒔きながら凄惨な光景を子どもに見せない方がいいのだと気付く。
「いけません!あなたは外に…」
制止する手をすり抜けて倒れた二人の方へレイが歩み寄る。
「見ない方がいい!」
制止の声を無視してレイが呟く。
「……まだ、息がある」
「えっ…」
レイは跪いて班長の脈をとった。
3ヶ所から出血している部位のうち、最も急所に近いのが腹部だった。
撃たれた腹部からの出血を抑えるため、自分の腰を結わえてあったガウンの紐をほどいて、患部よりも心臓に近い部分の胴回りに巻き付けきつく縛る。
あまり効果はないかも知れなかったが、やらないよりはマシだろう。
周囲を見渡すと、わずかに争ったあとが見える。
もう一人の護衛は息絶えている様子だった。恐らく不意討ちに近い形で護衛を殺害した後、班長を撃ったのだろう。撃たれた後も抵抗したようだ。
廊下では慌ただしい人の行き来がして、ようやく事態に気付いたホテルの警備員や関係者が集まってきた。
「急いで救急車を!」
レイは、駆けつけた警備員に向かって叫んだ。
その声に反応したのか、班長が苦悶の表情で、うっすらと目を開けた。苦しげにうめく。
レイが労るように話しかける。
「今、医師が来ます」
「……ぎ…ちょう……は?」
途切れ途切れの息の中から震える声でようやくそれだけ絞り出した。
「ご無事です」
レイが穏やかに微笑むと、安心したかのように目を閉じた。
◇ ◇ ◇
レイは護衛にその場を預け、ギルバートのもとへ戻った。
レイが部屋に戻ると、応接間では既に別の護衛がギルバートに報告をしていた。電話で何事か指示をしながら、合間に報告を聞くギルバートの表情は非常に険しいものだった。
ギルバートはすでに平服に着替えており、いつでも移動できるように準備を整えていた。
レイの姿に気付いたギルバートが振り向く。レイの姿を認めて驚く。
「レイ!怪我をしたのか!?」
そう言われて初めて自分の格好に気付いた。そう言えば寝間着にガウンを羽織っただけで、ガウンの紐も先ほど止血に使ってしまった。しかも裸足のままだ。
ガウンや足にこびりついた血がそのままの状態で、乾きかけていた。
こんな姿をギルバートの目に晒してしまったことを悔やむがもう既に遅い。手に持った銃だけは慌てて背中へ隠した。
「いえ、自分の血では…」
ギルバートが駆け寄ってレイを抱きしめた。
「ギル!?汚れます!」
せっかく着替えたコートに血がつくのも構わず、ギルバートはレイの小柄な身体を胸に抱き込む。
「…無事で良かった」
耳元で熱いため息とともに囁かれると、胸が切なくなった。
「すみません。ご心配をおかけして…」
「いや…私を守ってくれたのだろう?ありがとう」
その言葉は嬉しかったが、重傷を負った班長と亡くなった護衛兵のことを思うと素直に喜べない。
「いえ……でも、護衛の方が……」
俯いてしまったレイに、傍にいた護衛が口を開く。
「お心遣いありがとうございます。しかし、これも任務の上でのこと。しかも、議長の御身を危険に晒すような状況を作り出してしまったのは、我々の責任です。更にお連れ様のお手を煩わせていまい誠に申し訳ありませんでした。この処分は後日必ず!」
深々頭を下げる護衛にレイが戸惑う。
自分はできることをやっただけだ。ギルバートを守ることは自分にとって当たり前のことで誰かに感謝される謂れはない。
「いや、君たちは良くやってくれた。班長たちには申し訳ない結果となってしまったが、ここまで巧妙な罠の中、少ない人数で対処してくれた。礼を言う」
「議長…」
震える声で拳を握り締めた護衛は、こみ上げるものを堪え、再び深く頭を下げた。
護衛の中に暗殺者が紛れていたというのは、非常に深刻な事態だった。護衛兵の身元調査、思想調査、精神鑑定は一般兵以上に入念に行われる。それらの網を潜り抜けて入り込んだ暗殺者の存在は、捜査次第では思わぬ不祥事に発展するかもしれない。
すなわち身内の不始末だ。
連合やブルーコスモスの謀略という可能性もあるが、プラント国内に潜む影の存在も浮かび上がってくる。
レイが生きたたまま捕らえた暗殺者の取り調べが進めば、新たな事実もわかってくるだろう。
「議長!ご無事ですか!?」
足早に駆け込んできたのは、議長補佐官の制服を身につけた男。後ろに政務官を数人従えていた。
「エヴァンス、すまないな。そちらも休暇中だったろう」
「いえ、それどころではありません。とにかくご無事で何よりです」
ほっと、ため息をつくエヴァンスを議長が手招きした。顔を寄せて小声で話す。
「経緯は聞いたか?」
「はい」
「では、この場の事後処理は警察に任せて、捜査自体は国家保安部に一任する」
「はっ。議会への報告はいかがされますか」
「臨時議会の召集は明後日に。それから今夕に国防委員長と話をしたい。おそらく向こうから面会を希望するだろうが、夕方までは取り次ぐな」
「はい。議長にはこの後、評議会の方へお戻りいただきたいのですが…」
エヴァンスがちらりとレイに視線を投げた。
「ああ…わかっている」
ギルバートももはや休暇どころではなくなったことは十分承知しているので、ため息をつきながらも頷く。
レイは、そうした大人たちのやり取りを見ながら、自分の身の置き所に困っていた。結果、自分がこの場にいない方が良いだろうと判断して席をはずすことにした。
「ギ…、議長。では、私は着替えてきます」
「ギル」と言いかけて、慌てて言い直す。
ギルバートはそんなレイを見やって目を細めた。そそくさと立ち去ろうとするレイに、腕を伸ばし手を掴む。
指を絡ませるようにして引き寄せ、先ほどと同じように指先に口付けた。
「…ギルっ!」
レイが真っ赤になって思わず叫ぶ。
何も護衛や補佐官がいる前でやらなくてもいいだろうに、わざわざ見せつけるようなことをしたギルバートが恨めしい。
「レイ、名前で呼ぶように言っただろう?」
くすりと笑みを洩らして、片目を瞑る。
(ああ…もうっ……この人は!)
周囲がどんな目で自分達を見るのか考えもしないのだ。レイは恥ずかしさと、ギルバートの立場を心配して、慌てて周囲を見回す。
傍にいた護衛とエヴァンスがそっと視線をはずしてくれたのは、できた大人の配慮だった。
続く
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