ギルレイと垣根の外






1.懸案事項


議会の最終日。
議場中央の円卓には、プラント最高評議会議員たちが一堂に会していた。

「本日、最後の議題は軍広報部よりの案件です」
指名されて立ち上がった広報専門官は、資料データを各議員に配布する。

「えー…では、お手元の資料をご覧ください。現在、ザフトでは新体制のもと、新たな入
隊希望者を募るための広報活動を展開中です。そこで、ザフトのイメージアップを図るた
め、ひいては人材確保のため、次のリストの中から軍のイメージキャラクターを選定する
ことを提案します」

「既に候補者の中から“赤”を中心に打診を進めています。決定後はプロモーションフィ
ルム及び、PRビデオ、CFへの出演。広報ポスターなどへ協力してもらいます。通常任
務もありますので、業務に支障が出ない範囲で、関係機関にはそのように周知を図る予定
です」

リストには、現在各方面に配属されているザフトの赤い制服を着たエリートたちの写真と
略歴が記載されていた。
円卓についた議員たちは、それぞれ手元の端末でリストに目を通していく。ざっと10人
ほどの候補者は皆、容姿に能力ともに申し分ない者たちばかりだった。中でもある人物に
議員たちの視線が集中する。

ギルバートは、今議会で最も重要な議題を審議した後ということもあり、ほとんど茶番の
ような広報案件にあまり身を入れていなかった。
何気なく手元の端末に映し出された人物リストに目を通していたギルバートの動きが突然
止まった。
モニターに見慣れた人物の姿。
というより、こんなところで、こんなリストに載っていることに驚き、且つ焦った。よく
よく考えてみれば載っていない方がおかしいのだが。

そんなギルバートの動揺を他所に、ある議員が口火を切った。

「――このナンバー3の少年。いいですな」

「ああ!レイ・ザ・バレル…彼はいいねぇ」

さらに別の議員が感嘆の表情で呟く。その後も同意見だと言う議員が続く。
それを受けて広報専門官が嬉しそうに熱弁をふるいはじめた。

「そうでしょう!我が広報部でもイチオシの人物です!」

しばらく他愛のない議論に花が咲いたが、ある程度皆の意見がまとまったところで、ひと
り沈黙を保っていた人物に話をふった。

「いかがでしょう?議長。なかなか良い案では?」
「容姿、能力ともに彼以上の人物はいませんよ」
「これは、いけるんじゃないでしょうか」
「どうです。我ながら名案だと―――」
口々にレイ・ザ・バレル案を推す議員たち。そのとき―――

「却下」

突然、響いた最高評議会議長の声に議場は静まり返った。
ギルバートの口から低く洩れた一言に皆耳を疑う。

「…えっ」

「彼は特務や秘密任務につく可能性が高い。面が割れていると任務に支障が出る」

普段から穏やかな笑みを絶やさないギルバートにしては珍しく不機嫌そうに指摘する。
よもや反対されるとは思ってもみなかった議員の一人が、気圧されたように曖昧に頷く。

「…はぁ、まあ……確かに」

それに同調するかのように他の議員が言葉を続ける。

「確かに……一度会ったら忘れられないほどの美貌――ゲフンゲフン、いや顔ですから
なぁ。隠密行動には不向きですな」

「いや、議長の仰ること尤もですよ。あまり前面に出ると仕事が手につかなくなる者が増
えるでしょう。ザフト全軍の日常業務に支障が出る―――かもしれないですしね」

半分冗談めいて聞こえるその言葉が、かなり真実味を帯びていたことに誰もが気づいてい
たが、皆知らない振りを通す。誰もが「笑い事じゃない」と思ったのだが、誰も口には出
さない。

ギルバートに至っては、僅かに眉が上がっただけだったが、彼は静かに怒っていたのだ。
こんな提案を議題に持ち出す広報部に対して。そして、油断ならない議員のオヤジどもに
対して。

(業務に支障が出るのは確実だ―――特に私のな)

気が気でないのはギルバート自身だった。

半ば八つ当たりに近いギルバートの鋭い目線に射抜かれて微動だにできなくなってしまっ
た提案者の顔には冷や汗が浮き出る。
緊張のためかひりつく喉からなんとか言葉を搾り出す。

「で…では、この案件につきましては、さ、再考するということで―――」

「そうだな。皆任務に支障の出る可能性が高い者たちばかりだ。将来有望な若い兵の不利
益にならないよう“赤服”からの候補者選びは考え直した方がよいのではないかな」

ギルバートの冷静な言葉に皆頷く。

「では、本日の審議はここまでとする―――」

そして今日の議会はお開きとなった。

議場を後にしたギルバートに護衛兵が従う。

日ごろ穏やかな議長の放つ剣呑な気配に気づいたのは、いつも彼の身近にいる一部の護衛
だけだった。



















2.護衛兵の呟き


我々は、ザフトの護衛兵である。

プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルのガードを務める精鋭だ。
議長の行くところ我々も常に随行し、身を呈して議長をお守りするのが使命だ。
議長の公務はもちろん私生活まで、常に傍らで議長の御身の安全確保に努める。
議長のことを最もよく知っているのが我々だと言っても過言ではない。
今日も議長の身辺を守るため、執務室の外に控えている。
毎日、分刻みで進む議長のスケジュールに合わせて、我々も行動する。外出中はもちろん
のこと、プラントの議長ともなれば、政財界のVIPの来客も多い。執務室を訪れる人物た
ちに失礼にならない程度に監視の視線を投げるのが日課だった。もともと身元の確かな者
しか入室できないのだが、それでも警戒を怠らない。
これまでも多くの要人たちが我々の目の前を過ぎて執務室の扉をくぐっていった。

この日は、議会の本会議が午前中で終わり、午後からは経済連の幹部と評議会議員が訪れ
ていた。
夜7時を回り、そろそろ議長も帰宅の時間だ。
そこに本日最後の来客がやってきた。

金色の髪をなびかせて、赤い制服の兵が我々の目の前を通り過ぎた。

その人物は、我々にも馴染みの人物だった。涼やかな容貌にしなやかな肢体。華やかな容
姿だが、それでいて甘さを感じさせない冷静さと落ち着きを備えていた。
見る者に研ぎ澄まされた刃の切っ先のようなイメージを抱かせる彼の笑顔を見た者はいな
いとまで言われるくらいの人物。
だが――――

「レイ・ザ・バレル出頭いたしました」

「入りたまえ」

入室を許可する議長の穏やかな声を耳にした彼は、その身にまとう鋭利な雰囲気を少しだ
け和らげた。まるで冬の氷が春の陽射しを浴びて融け出したかのような感じだ。

「失礼します」

敬礼と共に入室した人物は、耳に心地のいい響きを残し扉の向こうへ消えていった。
議長の目配せで、扉の内側を守る我々護衛は退出した。

いつもそうだ。
あの少年兵が来訪したときは、必ず我々は退出させられる。
一兵士とどんな関係があるのか我々が想像する余地もない。ただ、我々は任務に忠実であ
ればよいのだ。
この厳しい情勢下でも穏やかな表情を崩さない議長の姿は、不安に怯える国民や周囲の者
を安心させる。

そんな議長が、彼を見る眼差しはこれ以上ないというくらいの慈しみに満ちたものだっ
た。普段見慣れた我々でもはっとさせられるような微笑を口元に湛えてレイを見つめる議
長の姿に、はじめは驚きもしたし、動揺もした。

他人の秘めごとを垣間見てしまったような―――。

いかんと思いつつも、つい微笑ましく二人の姿を見てしまうのは、致し方あるまい。
なにしろ、レイ・ザ・バレルは、非常に可愛らしい少年なのだ。
普段は冷たい、触れれば切れそうな雰囲気を身に纏っているが、議長と会うときだけは花
がほころぶような笑顔を見せる。
あの笑顔を見て骨抜きにならない男はいないだろう。
無条件で庇護したくなる。そんな笑顔だ。

そして、任務中の冷静で大人びた表情とのギャップがまた、いわゆる『萌え』なのだ。
こんな彼の素顔を知ることができたのも、我々が議長の護衛だからだ。

これは、議長の傍近く控える者の特権だと言っても過言ではない。

『デュランダル議長ありがとう!』何度、そう心の中で叫んだことか。


―――――そんなわけで、今日もまた恩恵に与っている。



ところが、ある日、我々護衛兵の間に激震が走った。
今日の議会である議題が持ち上がったというのだ。

公邸へ帰宅の途につく議長の護衛を終え、玄関までお送りした我々は、明日の出立時刻を
確認した際、ついに我慢できずに議長に質問してしまった。

「議長…少しお伺いしたいことが……」

「なんだ?」

「実は…今日の議会の最終議案で、軍広報部からイメージキャラクターにレイ・ザ・バレ
ルを―――という提案があったというのは本当ですか」

越権行為であることは百も承知だった。議長は意外そうな顔をして、執事に書類袋を手渡
しながら振り返る。

「なんだ。そんな話がもう広まっているのか」

「それで、議長はどうされるおつもりなのですか」

「あの話は見送った。諸問題が多すぎる」

その言葉にほっと胸を撫で下ろす護衛兵一同。
その様子を怪訝そうに見るギルバート。

「?――なにかあるのか?」

「いっ、いえ、別に…。失礼しました!」

固唾を飲んで議長の言葉を待っていた我々は、急にしどろもどろになってしまった。
なにしろ、レイのあの笑顔を他の奴らに見せてたまるものかと思っていたのだ。
そんなこと議長に言えるはずもない。


しかも――――おそらく、誰よりもそう思っているのは議長本人なのだから。










+END+
(とりあえず)









↓ 続きがあったりして。 ↓ 雰囲気が変わりますのでご注意。









3.視線の先

時は少し遡る。

議長に呼び出されて執務室へ出頭したレイ・ザ・バレルは、議長の様子がいつもと違うの
に気づいた。護衛が退出し、扉が閉ざされると室内はレイとギルバートの二人きりとなっ
た。

「議長。お呼びと伺い出頭しました」

レイが敬礼を解くと、ギルバートは椅子から立ち上がり、レイの傍へ歩み寄るなり抱きし
めた。

「議長?」

レイを抱きしめ、彼の肩口に顔を埋めたまま返事をしないギルバートの様子を不審に思っ
たレイが、自分を抱きしめたまま動かない男の肩にそっと手を置く。

「ギル…どうかしたんですか?」

頬に触れる柔らかな金髪の感触と、抱き寄せた細身の肢体から伝わる温度に満足したギル
バートがようやく顔を上げる。

「いや…すまない。なんでもない」

ギルバートの言葉に少し困ったような顔をしたレイが、ギルバートの頬に手を伸ばし優し
く触れて微笑む。

「なんでもないという表情ですか。それが」

「お見通しだな…君には」

「言えないことならこれ以上は聞きませんが、あまり心配させないでください」

「いや。大したことではないのだが―――――少し怖くなった」

「怖い?」

「君が手の届かないところに行ってしまうのではないかと思ってね」

「ギル……」

戸惑うような表情を見せるレイの頬に手を伸ばし、前髪を梳くようにしてかきあげる。気
持ち良さげに目を閉じたレイの瞼と額に軽く口付けを落とした。



今日の議会では、再提案を指示した広報案件の他に、議決したばかりの重要な案件のひと
つに、軍の増強と新型戦艦の建造、及び新型MSの開発の推進という議題があった。
戦後1年余りを経て、地球で不穏な動きがある―――そう情報部からの報告を受けての議
決だった。
盟主ムルタ・アズラエル亡き後、一度はなりを潜めたブルーコスモスだったが、後継者が
決まったという噂が連合内で囁かれ始めているという。
仇敵でもあるブルーコスモスの復活。戦いにならないわけがない。ザフトの力が再び必要
となる―――その時が近づいてきているとギルバートは感じたのだ。
そのとき、ザフトでも重要な位置にレイはいるはずだ。

その『力』と宿命ゆえに。

それは、彼が最前線に立つと言う意味に他ならない。
少しでも先延ばしにしたかったその『時』。だが、ギルバートの想像よりも事態は急激に
変化してきていた。

ギルバートの不安は、自分の手で彼を戦場へ追いやることへの恐怖だった。



そして、もう一つの不安要素。

レイ自身に関わる重大な秘密。


それは、25年以上も前に始まった血と愛憎の連鎖。




眉を僅かに顰めギルバートが苦笑する。

「こんな弱気では、また、君に怒られてしまうな」

「そんなこと…私は―――」

反論しようとして、言葉を飲み込んだレイが俯く。


ギルバート・デュランダル―――レイにとっては、親代わりのような存在。
血のつながりのないレイを今日に至るまで庇護し続けてきた。
レイの過去について、ギルバートは何も語らない。レイもまた、ギルバートに多くを語る
ことはなかった。
それでも、言葉にしなくても互いを知っているという不思議な感覚。
ギルバートは、親鳥が雛を守るかのように、両翼でレイをやさしく包み込む。

穏やかで温かな日常―――だが、その影に潜む幾つもの漠然とした不安。

その中で感じた僅かな違和感。ギルバートが自分を見る眼差しに、別の色が潜むのに薄々
勘付いてはいた。

しかし、追求することもできず、満たされない想いばかりが募る。

ギルバートはやさしい。
だが、そのやさしさは自分の肌をそっと撫でていくような空気だ。その眼差しにも言葉に
も自分を包み込むような温かさを感じる。
自分に居場所を与えてくれた人だからというだけではない。レイは、親を慕うという意味
ではなく、確かにギルバートに惹かれていた。

だが、ギルバートの視線の先にいるのは――――――



何かを耐えるようにレイの拳は握り締められていた。
ギルバートは、そんなレイの様子に、ふ…と表情を緩めた。

「何をそんなに憂えているんだい?君は」

「私は……」

俯いたまま唇を噛み締めるレイにギルバートは自嘲する。

「不安にさせたのは私か……」

「…いえ、違います。不安など―――」

「レイ、顔を上げて」

俯く少年の頤に手をかけて、そっと仰のかせる。
珍しく弱気な表情で視線をはずすレイにギルバートは、笑みを洩らす。

「普段クールな君の今のその顔をみたら、皆驚くだろうよ」

レイは、その言葉に頬を微かに朱に染めて、ようやくギルバートと目線を合わせた。

「……意地悪ですね」

「おや、心外だな」

レイの不安を和らげるため、口元を緩めておどけたように言うギルバートだったが、レイ
の瞳に宿る不安の色は消えなかった。

「貴方は…」

レイの微かな呟きは途切れ、言葉になるはずだった音は飲み込まれた。



(―――貴方は誰を見ているのですか?)



その言葉は、レイの口からは決して語られることのないもの。
それ故に、想いばかりが募り、言葉は呪縛のようにレイに絡み付き、身動きを取れなくし
ていく。

それでも、惹かれてしまうのだ。目の前の男に。


レイの瞳が揺れる。
それにギルバートは気づいた。自分の心の奥底に潜む本当の不安がレイにも伝わってし
まったのかと後悔した。

宥めるように優しく頬に、髪に口付けを施すと、レイが縋りつくようにギルバートの制服
を握り締めた。






まるで、
幼な子がようやく手に入れた温かさを手放したくないかのような一途さで――――。








+END+
















いろいろ書きたくて、ギャグっぽいのからシリアスまで入れてみました。
でも、最後のギルレイ「視線の先」は別枠にすれば良かったかな?
ちょっと統一感を欠く感じです。
『ギルレイでギルクルでアデクル』を目指し…あっ、アデクルがなかった!

2004.11.9 どにのりんかっぱ4





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