■酔覚










ザフト創設記念日に行われた観閲式のあと、軍創設に多大な貢献をした人物を招いて、政府御用達のホテルで開かれたレセプション。

会場には歴代の軍高官、政府関係者、財界の有力者などが多く集まり、これから3日間かけて行われる記念行事の前祝的なムードの中、談笑を楽しんでいた。
和やかな雰囲気の中、レセプションは盛会に終わり、人々が三々五々散っていく。


騒ぎが起きたのは、閉会後しばらくしてからだった。
軍高官の一人が、急に具合が悪くなり、別室で介抱されることになった。
どうやら飲みすぎたようだったが、レセプションでつぶれるほどアルコールを飲むこと自体、公務で出席している者としての自覚が足りないと言うしかない。

アデスが、そのことを知ったのは、高官が別室へ担ぎ込まれた後のことだった。
上官の迎えにホテルのロビーまで来ていたアデスは、ざわつくホールの様子をいぶかしく思い、ちょうどレセプションに出席していた顔なじみの軍務官からその話を聞いた。
(なんとも情けない…)
上が乱れていると、軍内の規律も疎かになる。
上官のコートを手にロビーの柱の脇に立つアデスは、そのことを憂い、渋面になった。険しい顔で憮然としたまま立っているアデスは、近寄りがたい雰囲気を醸し出していたのだが、本人はそのことにあまり気づいていない。

だが、その険しい雰囲気も待ち人が現れると、一変する。

「アデス、待たせたな」
その声にアデスは相好を崩した。

颯爽と歩く白いザフトの制服姿にロビーにいた人々が振り返る。

「お疲れ様でした」

コートを手渡しながらそう言うと、ホテルの従業員があわただしく動いているのを一瞥して苦笑する。

「いろいろ…あったみたいですね」

アデスが言外に匂わせたことに気づいたラウ・ル・クルーゼは、厳しい声で答えた。

「…懲りない馬鹿が多いということだ」

「?」

いつもの皮肉交じりの嘲笑に、なぜか今日は舌打ちが混ざる。アデスは、奇妙な違和感を覚えた。

「何か―――あったのですか?」

「いや、別に……」

そうは言うものの、いつものクルーゼの口調と違って、歯切れが悪い。
妙な胸騒ぎを覚えたが、ここで聞いても答えてくれる人ではないことは承知しているので、それ以上は追及せず、上官を車へと促した。









ヴェサリウスが停泊する宙港へと戻る途中、クルーゼが少し寄りたいところがあるというので、回り道をすることになった。
指示されたように車を走らせると、まだ何もない未開発地区の一角で車を停めた。
いずれ住宅地として開発が進む予定なのか、現在はまだ公園だけが整備中で、移植されたばかりの木々と庭園灯がわずかに見えるだけだ。

「隊長、ここに何が?」

人通りはない上に建物らしい建造物すらない場所に、一体何の用があるのかとアデスは訝る。
それには応えず、クルーゼは黙って車を降りた。アデスも慌ててそれに従った。
一応、護衛も兼ねているアデスにとっては、ザフトの英雄が夜遅くにこんな人通りの全くないような場所で何かあったら困る。周囲を一応警戒しながら、歩き出したクルーゼの後を追った。

公園の敷地内に入ったところで、クルーゼが急によろめいた。木の幹に手をついて俯いている。

「隊長!?どうしたんですか!」

慌てて駆け寄ったアデスがクルーゼの身体を支える。

「………った」

アデスの胸に額を預けるようにして、もたれかかるクルーゼが俯いたまま何事か呟いた。

「は?」

思わず聞き返したアデスに、クルーゼは顔を上げて睨むようにしてアデスを見つめる。
数拍の間があって、唐突に聞こえた言葉―――

「……酔った」

アデスは思わず耳を疑った。

「酔った?車にですか?…運転が荒くて申し訳………」

宇宙空間で誰よりも巧みにMSを駆るクルーゼが乗り物酔い!?と一瞬思ったが、アデスの言葉に首を振って否定したクルーゼの姿に、もうひとつの可能性を思い出し、絶句する。

「あの……今日は…その……どのくらい飲まれました?」

おそるおそる訊ねたアデスにクルーゼは一言

「覚えていない」

と答えた。

(覚えていないほど飲んだわりにどうして、見た目が酔っ払いに見えないんだ!この人は!!)

「このまま……艦に戻るわけには……いかないだろうが」

ぽふっとアデスの黒い制服の胸に顔を埋めたクルーゼは、唸るように言う。
だから、遠回りしてアデスを酔い覚ましに付き合わせたということらしい。

アデスは、ホテルを出るときも足取りに乱れなどなく、颯爽と歩く姿に周囲が陶然としていたことを思い出した。
まさか、あの状態で既にかなり酔っていたのだろうか。今の今まで、まったくそれらしい素振りを見せなかったクルーゼのどこをどう見たら酔っていることになるのだろう。
先ほど、酔いつぶれたらしい軍の高官のことをこれでは笑えない。
いや、むしろ衆目の中で醜態を晒さない自分の上官は立派だと、アデスは妙なところで感心してしまった。
しかし、本当に体調が表に現れない人というのも困りものだ。

「アデス…」

洩れるため息は熱くかすれ、名を呼ばれたアデスがどきりとする。
よくよく見ればクルーゼの目は、いつになく熱に潤み、苦しげに寄せられた眉根は、なんとも色っぽい。

(これは――――目の毒だ)

アデスは、言葉に詰まった。クルーゼの両肩を抱いた手に力が入る。

(―――これは酔っ払い。これは酔っ払い)

念仏のように心の中で唱えて、理性を保とうとするが、目の端をほんのり赤く染め、とろんとした目で見つめられては、理性などあっという間にどこかへ消えてしまいそうだ。

(隊長……それは反則です)

そう思いながら、気づけばクルーゼの唇が目の前にあり、艶やかに濡れたように光る唇から目が離せない。
どちらから触れたのか分からないが、互いに気づいたときには唇が重なっていた。

「んっ…」

洩れる声に濡れた音が混ざる。クルーゼから伸ばされた手がアデスの頭をかき抱くように引き寄せた。
深くなる口付けに吐息が荒くなる。
唇が離れた時にアデスが呟く。

「酔い…覚ましではなかったんですか?」

「十分…酔い覚ましだろうが」

にやりと口元を吊り上げたクルーゼが、アデスの唇に音を立てて口付けた。









だいぶ酔いも覚めたことから車に戻ったクルーゼは、宙港へ戻る道中アデスからどうして酔うほど飲んだのかと訊かれて、渋々答え始めた。

「いや、しつこくてな。仕方ないから酔いつぶしたのだ」

「は…?」

話によると、場もわきまえず酔った軍高官が、絡んできた上、勧めてきたグラスに何やら一服盛っていたようなので、自分に勧められた杯以上に相手に飲ませたらしい。

(しかし…薬を使うとはけしからん!)

下心ありありな軍高官も、身から出た錆とはいえ、醜態を晒したことを酔いが覚めてから海よりも深く反省していることだろう。

「私はもともとアルコールが効かない体質だからな。薬を服用しているせいもあるだろうが……酒にあまり酔ったことはない。ない――のだが、今日は少し飲み過ぎたようだ」

「少し飲みすぎたくらいで、相手は別室行きですか……」

すごいですねという言葉を飲み込んだアデスは、感心するのを通り越して呆れてしまった。

思えば、クルーゼが仮面をしなくなってから、ことあるごとに何らかの騒動に巻き込まれているような気がする。やはり、虫除けのためにも仮面はつけていてもらいたいと、内心強く思っているのだが、ふとした拍子に垣間見せる表情がたまらなく魅力的なので、いつも側近くにいるアデスにとっては、その機会が減るのはもったいない気もする。

なにかいい方法はないだろうかと思案していると、後部座席に座る上官が先ほどから静かなのに気づいた。
ミラーで後ろを確認すると、ぐっすりと寝込んでいるクルーゼの姿を確認できた。

(よほど、お疲れのようだ)

眠っているのに眉間に寄った皺を見て、クスリと苦笑が洩れる。
しばらく寝かせておいてやろうと、そのまま黙って運転を続けた。












END










余談。

「隊長!隊長、起きてください。着きましたよ!」

ピクリともしない上官の姿にアデスは深くため息をついた。

「…どうやって、艦まで運べって言うんですか」

細い身体を抱き上げるのは大した労苦にはならない。
問題は、どうやって他人に見られず部屋まで運ぶかということだった。

「お願いですから、起きてください!……たいちょう〜!!」

アデスの情けない叫びが車内にこだましていた。









2005.1105
酔っ払いあでくる第2弾です!
酔いつぶしたアデスに隊長がいろいろ悪戯する話も考えたんですが、R指定になってしまいそうなのでやめときました。酔っていてもアデスを振り回す隊長。いやあアデクルの醍醐味って言うか、がんばれアデス!というか…(笑)。


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