秒針は、規則正しく時を刻む。



その音は、常に一定で、止まることはなく、永遠に響き続けるものだと思っていた。



あの時までは――――――








++腕時計++







シャワーを浴びに行った男のぬくもりが隣にまだ残っていた。
シーツの皺が波のように広がり、波間で白い腕が戯れる。
情事の後で微睡みながら寝返りを打ったラウの手が冷たい金属に触れた。
ふっ…と目を覚まし、その感触が何なのかを確かめようと寝転がったまま指を伸ばした。

それは腕時計だった。

ベッドサイドに置かれた腕時計をラウは手に取る。
いつも男の左手首にあったそれをぼんやりと眺めた。
ハイテク機器の塊であるヴェサリウスの艦長を務める男の持ち物にしてはクラシカルだ。デジタルではなくアナログ時計で、文字盤が二つあり本国時間と地球時間の両方を見られるようになっていた。
何とはなしに自分の手首にはめてみた。
金属製のベルトがひやりと冷たい感触を腕に残す。
だいぶ大きいようで、ベルトがかなり余った。
抱きすくめられた時の胸の広さや頼りがいのある大きな背中を思い出し、ラウは笑みを洩らした。
広い胸や大きな背中に比例して、手首も太いのだろうな……とぼんやりと思った。

―――チッチッチッチッ……

本当に微かな音を響かせて、時を刻むその機械。
人類が誕生して以来、誰もが時の支配を望み、古代の王侯達は自身の名を冠した暦をつくったほどだ。
時を刻む精密な構造と洗練されたデザインを愛する男達は多い。それは、女性が美しい宝石やドレスを愛するのと同じように、一種のステイタスシンボルとして扱われることが多いが、本来は、もっと実用的なものだ。
艦の運航を指揮する艦長にとっては、常に身につけていなければ落ち着かない、仕事の片腕とも言える存在だった。

規則正しく秒針が進む音を耳元で聞きながら、ラウは目を瞑った。
まるで、男の心音を聞いているように、呼吸を合わせていく。


いつしかラウの意識は、時を刻む音の中に埋もれていった。






「隊長?」

アデスは、タオルで髪を拭いながら恋人の眠るベッドまで歩み寄る。
起きた気配がしたようだったのだが、ラウはまだベッドの中だった。
子供のように身体を丸くして眠るラウの姿につい笑みがこぼれた。

ふと見れば、見慣れた物がラウの左手首にあった。
アデスは目を丸くする。
細い手首には大きすぎる時計。いつの間にはめたのだろうか。

手を伸ばし、ラウの手首の内側に触れた。
戯れに腕時計のベルトと肌の隙間に指を滑らせ、ちょうど脈を測るように脈打つ静脈の上に指先を押し当てた。
指先に伝わる確かな脈動。
秒針を目で追いながら、針が一周するまでそのままでいた。
脈拍数は86。成人男性の安静時の脈拍数よりもやや高めだ。
アデスは、少し不安になった。どこかまた具合が悪いのだろうか。
一見、気持ちよさそうに眠っているように見えるのだが、起こした方がいいのか迷った。
おそるおそる声を掛けてみる。

「隊長……? どこか気分でも―――?」

その声にラウがゆっくりと目を開く。とろんとした眼差しは無防備で、治まったはずの男の衝動を蘇らせそうになる。

「…ん…………アデス……? なに……?」

まだ眠りたりないとでも言うように、少しだけ開いた瞼が再び落ちる。
どこも具合は悪くなさそうで安堵した。

アデスは、右手をラウの左手に絡ませる。
手のひらを合わせて指を絡めると、ラウがはめたアデスの腕時計が、音を立てた。
細い手首に似合わぬ大振りの文字盤が、わずかな室内灯の明かりを受けてきらめく。

どうして、自分の時計をはめているのかは、朝起きてから聞いてみよう。
今は、つかの間の穏やかな眠りを守ることの方が大切だった。

「いえ、何でもありません。………おやすみなさい」

囁くように言って、ラウの唇にやさしくキスをした。











コロニー「メンデル」。

彼の原罪の地で、自らの運命と人類の罪を血の滲むような叫びと共に語る人がいた。

そして、同じ時、遠く離れたヴェサリウスの艦橋で、帰るはずの人をただ待つしかない男がいた。
男は焦燥感と不安に苛まれ、左手首にはめた銀色の腕時計を何度も見返す。

秒針は進むことはあっても戻ることはない。常に一方向にだけ進む。
過ぎた時間は戻らない。
時は留まらない。

それは、当然のことだ。



そう、時は無情に誰の上にも平等に過ぎゆく。



そこに人間の思惑など入り込む余地はない。






男は、銀色に輝く文字盤をじっと見つめた。
左腕の時計は、いつもと変わらず時を刻み続けていた。






END






メンデルに行ってなかなか戻ってこない隊長をヴェサリウスで待っていたアデスが、時間を気にしながら、椅子の肘をコツコツやるシーンがありましたね。
アデスの腕時計は誰が買ったんだろうという話をone-colorの真夜さんとしまして、隊長が買ってプレゼントしたりしてたら萌えるー!!と盛り上がったんですが、いざ、書いてみたらこんな話になりました(汗)。 
腕時計をプレゼントしたネタはいつか書いてみたいです。

ということで、ネタ提供の真夜さんに多謝v




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