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■爪
ある日の情事の後、ラウはベッドを降りた男の背に8本の赤い筋を見た。
ちょうど肩胛骨の下辺り。左右両側に4本ずつの赤いみみず腫れのような痕。
ラウはふと自分の両手を広げ、指先と、そして男の背中を交互に見比べた。
しばらく考え込むと、何かを思い立ちベッドサイドの引き出しを探し始めた。
捜し物を見つけ、ベッドに座り直して自分の手を宙にかざす。
―――パチン
パチン
男は、シャワーを浴びに行ってここにはいなかった。
ラウは、男がいないうちに全て片づけようとしたが、どうしても残り半分が上手くいかない。
悪戦苦闘するラウは、男が戻ってきたことに気づかなかった。
パチンッ
パチ………
「―――っツ!」
「……何をなさっているんですか?」
突然声を掛けられて、ラウが驚いて顔を上げた。
「見てわからんか?」
ラウは爪を切っていた。
左手で利き手の右手の爪を切ろうとして、上手くいかないのか変な風に身体がよじれている。
思わず吹き出しそうになった男に憮然と答えたラウが半分涙目なのは、誤って深爪になってしまったからだ。
血がにじんだ指先を舐めたラウは、傷にしみたのか、それとも血の味が不味かったのか、顔を顰めた。
「大丈夫ですか!?」
その様子にアデスが慌てて駆け寄り、「見せてください」とラウの手を取る。
「ああ、だいぶ深く切りすぎましたね………2〜3日、痛いですよ。これは」
そう言って救急箱から絆創膏を取り出した。軽く消毒して、絆創膏を巻く。
「貸してください。残りを切ってしまいましょう」
そう言うや否やラウをひょいっと抱き上げて膝の上に乗せると背中から抱くようにして、ラウの右手の爪を切り始めた。
大人しくアデスに爪切りを任せたラウは、変な見栄を張らずに最初から任せればよかったと内心思っていた。
「深爪した指先に力を入れないようにしてください。変な風に肉が盛り上がってしまいますからね」
爪のない部分だけ肉が盛り上がったところを想像してラウが嫌な顔をした。
苦笑したアデスが、「そんなに気にしなくても普通にしていれば問題ないでしょう」とフォローする。
「それにしても、どうしてまた爪を切ろうだなんて……」
「見ていてこっちが痛くなったからな」
そう言ってアデスの背中を指差す。
「え?……ああ、シャワーの時にちょっと染みますけどそんなに痛くないですよ」
「しかし、傷つけたいわけではない……」
ポツリと呟く。
「嬉しいですね。心配してくださったのですか」
「悪かったな………あんまり快すぎて夢中になって気づかなかった」
臆面もなくそう言われて、ラウのあまりに素直な一言にアデスが赤面した。
照れ隠しに濡れた髪をタオルでがしがし拭く。
「そう………ですか? 男にとっては勲章みたいなものですよ」
「勲章?」
「背中に残った情事の爪の痕。色っぽいじゃないですか」
「それは相手が女の場合だろう?――――アデスにしては意外と俗っぽいことを言ったな」
「私にしては―――? 俗っぽいですか? この年の男なんてこんなものですよ」
アデスが苦笑した。
「そうか……?」
この麗しい上官は、同性の仲間とそんな会話をしたこともないのだろう。
男だけで複数人寄って酒でも入れば、自然と女の話になる。
堅物だと思われているアデスでもそういう経験は山ほど在る。
まあ、女性よりも美しいと言われてしまうようなこの上官が、どこの女がいいだの、女のここが好みだなどの会話に興じている姿はあまり想像できない。
(まさか女性経験がないだなんてことは………)
ベッドの上にすらりとした足を伸ばして、アデスの胸に背を預けるラウの顔を見た。
頬に影が落ちるほど長く伸びた睫毛。
白皙の額に落ちかかる金色の髪。
吸い込まれそうなほど澄んだ青い瞳。
目の前の人物の顔を覗き込むようにしげしげと見つめ直し、それを聞くのはいくら何でも失礼だと思って、アデスは口をつぐむ。
「なんだ?」
じっと見つめていたアデスの視線に居心地の悪さを感じたのか、ラウが眉を顰める。
「い、いえ、何でもありません」
変に動揺するアデスの様子を訝ったラウだったか、それ以上は追求しなかった。
「ま、いい……そんなことより―――」
「え……たいちょ………」
そのままアデスはベッドに押し倒された。アデスの抗議の声をラウの唇が塞ぐ。
「爪も切ったことだし………な?」
「な?……って!―――んんっ!?」
深く口づけたラウの手がアデスの頬をたどる。
誘うような巧みな口づけにいつの間にかアデスもその気になってしまった。
唇を離したラウがアデスの頬を手のひらで包み込んで鼻先が触れ合うくらいに顔を近づけた。
互いの瞳に相手の姿が映る。
「もう夢中になっても傷つけなくて済むぞ?」
ラウが囁くように告げた。
それは、もう一度、我を忘れるくらい抱けということだろうか………アデスは、苦笑しながらも、期待に応えるべくラウの肌に手を這わせ始めた。
睦言が熱い吐息に変わるまでそう時間はかからなかった。
END
2006.01.08
うちのアデスはよく押し倒されますね。攻めなのに(笑)。
隊長の女性経験―――個人的には有りだと思ってます。
いやもう、プラントに来るまでにいろいろ大変なコトを乗り越えてきた方だと思っているので、有閑マダムのお相手やら、ついでにその夫も相手になったり………(乱れてます)。
これも全て「望み」のためとか言って自分の身体すらも有効利用してきたんじゃないかと(涙)。
うわあ………自分で書いてて悲しくなってきた。
アデスー!せめて君だけは隊長にやさしくしてあげて!と心から願ってしまいます。
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