「鷹の名を継ぐ者・後編」 お試し小説





唐突に笑い声が上がり、アデスとクロードはぎょっとして、相手を見た。
アリが肩を震わせて笑っている。次第にそれは哄笑へと変わった。まるで気が触れてしまったような笑い声が室内にこだまし、二人は気味の悪いものを見たように背筋を寒くさせた。

「ふ、ははははっ! ―――なるほど、それが、お前の切り札か!」

ようやく笑いをおさめたアリは、アデスの眼をじっと見返した。
正直、この実直そうな男がここまで腹芸ができるとは思わなかった。ザフトの軍人のくせに、ラウのことで、必死になって噛み付いてくるとは、なかなか興味深い男のようだ。

「いいだろう。そこまで覚悟ができているなら、役に立ってもらおうか」

アデスがほっと胸をなで下ろした時だった、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきて、乱暴に扉が開け放たれた。

「クロード様、行方がわかったって本当ですか!?」

聞いたことのある声にアデスが振り向く。
相手がひどく驚いて息を呑む気配がこちらにまで伝わってきた。

「あんた、その格好……!?」

息せき切って室内に駆け込んできたのは、ラウのボディガードのジャンとカールだ。
市内に捜索に出ていた彼らは、アリが有力な情報を持って来たというのでクロードに呼び戻されたところだった。

「どういうことだ!? あんたザフトの軍人か!」

クロードが説明する暇もなくジャンがアデスに食ってかかった。

「ザフトの……。道理で」

驚く声と納得する声が同時に聞こえ、隣でクロードが「しまった」という顔をしていた。
クロードは、もともとアデスがザフト軍人であることを知っているので、気に留めていなかったが、彼ら二人は知らないのだ。

「なんで、ザフトの軍人がボディガードなんてやってたんだよ!?」

激昂するジャンを相手にしている余裕は、今のアデスにはなかった。

「悪いが、説明している暇はない。あの人のところに行かねばならん」

すげなく答えたアデスにジャンは怒りを爆発させた。

「騙していたのか、あの人を!」

「ちがう!」

急にアデスを敵と見定めて、殴りかかってきたジャンの拳をかわし、次々と繰り出される攻撃を受け流しながらアデスが叫ぶ。

「落ち着け! 私は敵ではない!」

「あの人を狙っていたのは、明らかにコーディネーターだった! あんたの仲間じゃねえか! まさか手引きした奴が身内にいたとはな!」

ジャンは、怒りにまかせて拳をくり出す。
ラウがフラガ家本邸付近で拉致されそうになった時の犯人グループは、ナチュラルではあり得ない反応速度と身体能力を持っていた。その際、ジャンは、肋骨にひびが入る怪我を負い、警護対象を危険に晒すという失態をおかした。その窮地に助けに入ったのがアデスだった。
コーディネーター相手に不覚をとったことを恥じているジャンにとっては、アデスも同じ人種だったと認めるのは納得しがたいことなのだろう。

アデスとラウの間に過去に何があったのか、ジャンには知るよしもないが、二人の関係は端で見ているジャンでさえも、嫉妬するほどの深い信頼関係があった。だからこそ、自分は諦めもしたのに――これは裏切りだ。

「裏切り者め! それとも最初からこれが狙いか!?」

勝手に裏切られたと思い込んだジャンは、すっかり頭に血が上ってしまい聞く耳を持たない。
ジャンの鋭い拳がアデスの軍帽をかすめ、帽子が吹き飛ぶ。

「今は、こんなことをしている場合じゃないだろう!? あの人はどうした! 今すべきことを間違えるな!」

防戦に徹するアデスが叫んだ。

「彼の安全を守ることが君の仕事だろう!」

アデスの一喝。ジャンの脳裏にふいにアデスの言葉がよみがえる。

『―――敬愛している。どんなに離れていても、立場が違ってもこの想いは変わることはない』

立場の違いとは、こういう意味だったのだ。
警護対象とボディガードという意味ではなく、もっと根元的な、どうすることもできない違いなのだと気付く。

「今更、部外者のあんたに何ができるって言うんだ! しかもコーディネーターのくせに!!」

コーディネーターへの偏見はないと自分では思っていたが、見せつけられた力の差はどうしても劣等感となって現れてしまう。実力面での大きな隔たりは、一度認識してしまったら、そう簡単に拭えるものではない。

「よせ! ジャン。彼は……!」

カールが止めに入り、後ろからジャンを羽交い締めにした。
ジャンも振り上げた拳の下ろす先が見えなくて、口を開けば開くほどに自分自身をも追いつめてしまう。

「ちくしょ……っ、離せ、離せよ!」

「落ち着きなさい! 彼のことはアナトールも既に知っていることだ。それに、今は彼の力がどうしても必要だ」

混乱する場をおさめるために、クロードが決定的な一言を告げた。
ザフトの黒い制服は、指揮官の証。ただの一兵卒ではありえない。アデスの持つ権限と情報をラウ救出のために利用しない手はないと誰もが考えるだろう。
現に、武装した国家規模の相手に民間企業のボディガードでは対抗できるはずもないことは、誰の目にも明らかだった。
クロードの一言にジャンは悔しそうに唇を噛みしめ、押し黙った。そうした理屈は、頭に血が上ったジャンにも理解できたが、感情はそうはいかない。

「くそっ!」

押さえつけていたカールの腕を乱暴に振りほどき、悔しそうに吐き出した。

「クロード殿の言う通りだ。各々、言いたいことはあるだろうが、まずはやるべき事を片づけてからにしろ」

アリの尤もな意見にその場は治められた。





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