| あでくる。17 続*もしもBOX完全版2 「鷹の名を継ぐ者・前編」 お試し小説 1.メール フラガ財団総帥クロード・ラ・トゥールは、ここ二週間ほど、音信不通となったフラガ家の当主を捜していた。 当主が行き先を告げずに行方が分からなくなることは、よくあることなので、いつもはボディガード達に任せて放っておいたのだが、今回ばかりは状況が違った。 最近、渉外担当部門の者から、妙な噂を聞いたからだ。 商売柄、様々な国と取引のある財団では、日頃から各国の情勢に目を光らせている。紛争などが起これば、すぐにも商取引に影響が及ぶし、資本の回収などもしなければならないからだ。 大戦以来、世界中で小さな内紛が絶えることはなかったが、それでも一部の地域では一時の平和を得ることができた。 情勢が安定すると、各企業間の商業活動も活発化する。フラガ財団でも新たな顧客の獲得に向けて、世界各国の社会情勢に目を光らせ、情報の収集に余念がなかった。 そうした情報収集の担当部門へ、立て続けに奇妙なメールが届いたというのだ。 悪戯メールやガセネタなどは、日常茶飯事だ。担当者は、そうした数多くの情報の中から有意義なものを選別し、真偽を確かめ、他の部門に情報を提供する。 だが、そのメールは、長年、この業務に携わっているプロの目から見ても奇異なものだったのだ。 念のために財団の幹部へ報告した「噂」に皆、首を傾げたが、一人だけ皆と違う反応をした者がいた。それは、他ならぬ総帥のクロードだった。 『当主の秘密を知っている』 よくある悪戯メールだ。 「誰々の秘密を知っている。ばらされたくなかったら○万ドル用意しろ」。恐喝の手口としては、ありふれたケースに思えたため、担当者も最初は無視していた。 だが、同じ内容のメールが三回続けて届くようになると、何か不安を感じ、遅ればせながら上層部に報告することになったのだ。 しかも、そのメールの内容が、財団そのものではなく、フラガ家当主に関わるということから、自分の判断だけでは手に余ると思ったらしい。 「金の要求などの具体的なことは何も書かれていなかったのか?」 「はい、三回とも発信者は違う名前とアドレスだったようですからこれ以上調べても進展はしないでしょう。発信元を探った結果、いくつかの国を中継して発信されたようですが、悪戯にしては手が込んでいましたのでおかしいと担当者が判断したようです」 「一体……何を知っているというのかね」 報告を受けたクロードの溜息のような言葉に、金融部門の最高責任者であるフランツが、難しげに口を引き結ぶ。 「あの方の所在は?」 「どこにいるのか、わからんよ。いつものことだがね。連絡の一つも寄越せばいいのに……」 再び溜息をついたクロードの心配性は相変わらずのようだ。 「先日、つけたボディガード達は?」 「彼の所在を探して歩いてもらっている」 「そうですか。ジャンとカールも大変ですね」 「まあ、それが彼らの仕事だ」 「とにかく、こちらも至急、所在を追って確認いたします。何事もなければよろしいのですが」 「その前に、彼が我々の網に掛かってくれるような人物だったら良かったのだがな……。難しいかも知れないが、頼む」 相手は、ある意味、その道のプロのような人物だ。見つけるまでの困難な道のりを想像して、フランツも溜息をつきたくなった。 ◆ 「一体、どこへ行っちまったんだーっ!?」 フラガ財団で要人のボディガードを担当するジャン・ジャック・ベルモンドは、ここ数日でもう何度目になるかわからない言葉を苛立ち混じりに叫んだ。 黒いスーツにオールバック、黒眼鏡をいつもかけ、頭脳明晰、冷静沈着、強靱な身体と瞬発力・持久力にも優れたボディガードという職業のイメージから遠くかけ離れた叫びだった。 今の警護対象が普段から行き先を告げずにいなくなるのはよくあることなのだが、まったくの音信不通になってからすでに二週間が過ぎようとしていた。 最後に連絡のあったローマへ来てはみたものの、そこで二人の足取りは完全に途絶えていた。 「こんなに逃亡と潜伏の上手い当主がいていいのか!? 貴族の坊々てのは、もっとこうツメが甘くてだなあ、どこか抜けてて必ず二、三日で連れ戻されるのがフツーだろ!? なあ、そうだよなあ!?」 ジャンがそうぼやくのも無理はない。 「毎度毎度、こう見事に痕跡を消されると、ある意味感心するな」 疲れたように呟くのは、ゲルマン系の顔立ちから厳めしい感じが拭えないカール・シュタイナーだ。 二人は、クロードがラウに付けたボディガード兼秘書だ。 尤も、まともにガードできた試しがないのは、二人が一番よく知っている。 原因は、ラウが、姿を消すのがプロ以上に上手いということ以上に、守られるべき警護対象としての自覚が足りないことだ。 「だいたい、あのアデスって野郎も何やってるんだ! どうせ一緒にいるんだろうから、連絡の一つも寄越せってんだよ!」 やっかみ半分、八つ当たり半分といった気持ちでジャンが罵る。 ラウは、フレドリック・アデスという名の出戻りボディガードを伴って姿を消すことが多かった。 確かにラウ本人から「無事だ」とか「○日に戻る」とかの連絡は未だかつて一度としてなかったが、アデスが来てからは、彼の方からは定期的に連絡が入っていた。 ただし、所在を明らかにすることは一度としてなかった。何かを警戒してのことだと思われる。 その連絡すらなくなって二週間経つ。 クロードからは、至急ラウに連絡を取りたいので所在を確かめるように命じられおり、二人が苛立つのも無理はなかった。 本当に何かあったのなら、財団本部かフラガ家宛に犯行声明文か何らかの要求が来るはずなのだが、それらは今のところ一切ない。 財団の情報部門の方にも、それらしい情報は入っていないため、八方塞がりな状態だった。 (あいつ、ラウ様を独り占めかよ) ジャンがアデスに対して敵愾心を燃やしてしまうのは、ラウの信頼を後から来たアデスの方が得ていると感じているからだ。 更にジャンにとって面白くないのは、二人がただの警護する者とされる者という関係ではなく、それ以上の関係を持っているからに他ならない。 あの夜、抱き合う二人の姿を見てから、ジャンは鬱々とした想いをため込んだままだ。 そんなジャンの様子にカールが心配して「どうしたのか」と何度か尋ねてきたが、ラウとアデスが深い仲だとは口が裂けても言えなかった。 男相手に欲情する自分を知られたくなかったし、これが嫉妬だと言うことも分かっていたからだ。 そんなジャンの葛藤をカールが知るよしもなく、同じボディガードとして優秀なアデスに対して何かと突っかかっているのだろうと思っているようだ。 時々、もの言いたげな視線をジャンに送っているのだが、ジャンは自分のことに手一杯で、その視線に気付くことはなかったのである。 ◆ 「隊長、クロード氏からメッセージが届いてますよ」 もう陽も高いのだが、まだベッドの中で微睡む人物にアデスは声を掛けた。もそりと動いただけで、一向に起きようとしないラウにアデスはため息をついた。いつものこととはいえ、戦艦の中ではあんなに寝起きがいいのに、どうしてこうオフの時は寝起きが悪いのか。 尤も朝方まで身体を酷使したのだから、疲れているのは当たり前なのかもしれない。久しぶりに空調の利いた室内の柔らかな寝台の上で眠れたので、ラウも気持ちよさそうだ。起こすのは気の毒だが、仕方ない。アデスは、ベッドの脇に腰掛けると、ラウの上に覆い被さるようにして、もつれた金糸を掻き上げてやりながら、額に軽く口づけた。 「緊急を要する用件だそうです」 耳元で囁くように言って、ラウの眼が開くのを待つ。緊急を要する用件だと告げた割に、アデスの口調や行動に緊迫感がない。無骨な指がラウの頬をくすぐるように撫でると、堪えられなくなったのか、ラウが乱れた髪の間から気だるげに顔を覗かせた。 「……読んでくれ」 そう言って再び枕に顔を埋めてしまった。 ここ二週間ほど、携帯電話もインターネットにも接続できない僻地に二人はいた。ようやく本家に連絡が取れるようになったので、アデスは一応、無事を伝えようとメールをチェックしたところ、ものすごい量のアデス経由ラウ宛メールが本家とボディガード二人組から届いていた。アデス経由なのは、その方が確実だと本家では判断しているからだ。内容は、どれも「無事なのか」、「今どこにいるのか」、「すぐに連絡がほしい」―――の3点だ。 アデスは、首を傾げた。どうやら先方は大変慌てている様子なのだが、事前にしばらく連絡が途絶えると伝えておいたはずだ、確かラウ本人が――――。 そこで、もしや、と気付く。ようやくラウも目を覚まし、のそりと身体を起こした。 「行き先は伝えてあるっておっしゃってませんでした!?」 「……そうだったか? 忘れた」 「隊長……」 とぼけた調子のラウに対し、アデスは肩を落とした。これでは、どうやら緊急の用件があったらしい本家の人々が気の毒だ。 「とりあえず、無事だと返信しておきましたが、すぐに本邸へ戻りますか?」 ラウはベッドから下りて裸足のまま遮光カーテンに閉ざされた窓際へと歩く。遮光カーテンを開け、窓を開け放った。南国特有の高い湿度と潮の匂いが混ざった風が室内に吹き込む。眼下に広がるのは、シンガポール湾だ。 ラウが、髪を風に靡かせながらアデスの方を振り向く。 「そうだな。ここでの仕事も、もう済んだし……な」 室内に置かれた青い花を見て、ラウが微笑した。アデスもまた、ラウの視線の先にある青い花を見つめる。 「こんな厄介なものを放っておきたくないしな」 「そうですね。また、馬鹿なことを考える者が出てくるかも知れません」 吹き込んだ風を受けて青い花が揺れた。 ※「鷹の名を継ぐ者・前編」 に続く ブラウザのbackでお戻りください |