| ■アデスvs議長 「制服騒動」 ここは、ザフト軍令部。 通称「本部」と言われる軍施設だ。 施設の外観は評議会ビルと同じだが、カラーが違う。評議会ビルが銀白色に対し、軍令部ビルは黄銅色である。 地球・プラント双方に多くの犠牲者をもたらした大戦が終結し、停戦協定が結ばれてから一年が経とうとしていた。 ようやくプラント国内の戦後処理も落ち着きを見せ始め、新たな指導者の下、平和への階を着実に上りつつあった。 午前11時を過ぎた頃、広いエントランスロビーには、軍関係者や政府関係者が多数往き来していた。黒い制服の将校の中に白い制服姿がいくつかある。 ザフトも新体制となり、制服色による階級分類が多彩になった。 これまで白制服といえば、ある一将校の固有色だったが、それは今や一般的な隊長色になりつつある。 それでも、限られた人物しか着用を許されないのは、これまでの先例となった人物の功績を慮ってのことである。 ザフトの英雄「ラウ・ル・クルーゼ」。 彼の人を語るとき、白い制服は代名詞のようなものだった。 ザフト唯一の白い制服に身を包み、銀灰色の仮面で素顔を隠した軍きっての智将。 MSパイロットとしての技量は、他の追随を許さず、唯一彼に拮抗できる能力の持ち主といえば、元プラント最高評議会議長パトリック・ザラの子息であり、クルーゼ隊のエースパイロットであったアスラン・ザラか、ヤキン・ドゥーエ攻防戦でクルーゼの搭乗機プロヴィデンスを倒したフリーダムガンダムのパイロットぐらいなものだろうと言われていた。 ◇ ◇ ◇ ザフト軍令部一階、エントランスロビー。 その人物が現れると、人々のざわめきが波のように広がった。誰かの呟きに近くの者が振り返り、そしてまた呟く。 「あれは誰だ?」 初めてその人の姿を見た者は皆、陶然とした溜息と共に訝った。 白い制服、そして金色の髪。すらりとした姿態と何よりもその端正な顔立ちに見惚れた。 白い制服を着た隊長職の将校だ。大戦後に数の増えた白服だが、目の前を歩く人物の顔は記憶にない。 「新部隊の隊長か?」 ひそひそと交わされる囁き。皆、その美貌に目を奪われ一瞬言葉をなくした自分を戒めるように我に返ると、照れ隠しでもするかのように囁き合った。 その将校は、携帯電話を取り出し、どこかへ連絡しているようだ。 立ち止まって、何事か話している。内容までは聞き取れないが、ほとんど表情が変わらない。 しかもロビーにいた者たちの視線が集中していることに、まったく気づいている様子はない。 誰もがこの将校の正体を知らないことに気づき始めた頃、この場に居合わせた人事を司る軍高官もまた首をひねっていた。 「聞いてないぞ…」 紫の長衣に胸の四色の階級章をつけた人物が呟くと、その補佐官たちもまた、脳裏に最近出された人事異動通達の文面を思い浮かべる。 しかし、該当する人物に心当たりがない。 「あの制服……。しかも、意匠が……」 そう囁いた補佐官の言葉に高官がよくよく見ると、確かに白い制服には違いないのだが、意匠が通常のものと違う。 「あれは…まさか」 驚きに目を見開いた高官の様子に補佐官が記憶の糸を辿る。大して労せずして思い当たった。 「イザーク・ジュールと同じ…?」 「そうだ。…いや、ジュール隊長と同じというよりもその元上官と同じだっ!」 低く唸るようにして高官が言う。 「元…上官って…!まさか!」 唖然と口を開いた補佐官が、改めて目の前の人物の姿を見た瞬間だった。 「隊長!」 駆け寄ってくる黒い制服の男。男の声にその人物が、振り向く。 「アデス。遅いぞ」 その瞬間、「アデス」という名に心当たりのある者は皆一様に同じことに思い至ったのだろう。 空気を勢いよく吸い込んだときのような、また息継ぎに失敗したときのような奇妙な音があちこちでした。 「アデス」はヴェサリウスの艦長で、ヴェサリウスと言えば「クルーゼ隊」の旗艦で、その人物が名前を省略して「隊長」という職名のみで呼ぶ個人といえば――― 一人しかいない。 息を呑むような、言葉を失ったかのような異様な気配の中、その人物の声に聞き覚えのある者も多くいたはずだ。一度聞いたら忘れられない程の響き――――その場にいたほぼ全員が、同じ人物の名前を思い浮かべた。 奇妙な静寂がロビーを覆う。 「遅くなって申し訳ありませ…!!なっ…なっ…な、ななな何をしてらっしゃるんですか!?」 突然大声を出して、急に慌て始めたアデスに白い制服の将校が首を傾げる。 「…?なんだ、落ち着きのない奴だな」 真っ赤になって相手の顔の前に大きな手を必死にかざすアデスに、その将校――ラウ・ル・クルーゼは、訳が分からず怪訝な顔をしている。視界を遮ろうとする手が邪魔なのか、眉を顰めた。 「いえ…っ!ですがっ…し、しかしっ!」 満足に答えられないほど、動転しているアデスは、周囲のざわめきと視線が自分たち二人に集中していることを感じ、ますます慌てる。 (どうして今日に限って仮面をしてないんだっ!?) アデスの驚きは、その一言に尽きる。常に仮面で素顔を隠していた上官が、どうして今素顔を晒しているのか、分からなかったが、非常にまずいことだけは理解できた。 彼がその生まれの特殊性から素顔を隠していたことはあまり知られていない。醜い傷跡があるとか、特殊工作員としての仕事も影でこなすから顔を隠しているのだとか、さまざまな憶測が飛び交った時期もあった。 真実を知るアデスとしては、そんな噂話に耳を傾けることなどなかったが、だからといって、これ以上、素顔を晒すわけにはいかない、自分が何とかしなくてはと、それだけを強く思った。 「し、失礼します!」 そう言うや否や、突拍子もない行動に出た。 クルーゼの腰と頭に手を回し、がばっと細い肢体を抱き寄せた。 自分の胸に顔を埋めさせるようにして、クルーゼの顔を隠す。 アデスにとっては、起死回生の策だったのだろう。 しかし、ギャラリーと化した軍関係者はその暴挙に愕然とし、言葉を発する者もなく、刮目して事の成り行きを見守るしかない。 クルーゼといえば、黒い制服に顔を押しつけられて、くぐもった声で何か抗議しているようだが、動転したアデスの耳には届いていないようだ。 仕方なく空いている手をアデスの背中にまわし、背中をつねったり叩いたりした。腕の戒めから抜け出そうと、クルーゼはじたばたと暴れているのだが、端から見れば抱き合っているようにしか見えない。 アデスはアデスで、もう、恐ろしくて周囲の反応を気にする余裕がなかったのだ。 周囲は、声もなくただ目の前で繰り広げられる椿事に仰天していた。 「おや、どうかしたのか?」 その時、ちょうどエレベーターから降りてきた議長の一団は、ロビーの異様な雰囲気に気づき足を止めた。 皆、石のように固まって、議長に敬礼する者もなく一点を凝視している。 ギルバートは、彼らの視線の先にいた人物―――というよりも、その状況を見て目を丸くした。すぐに苦笑して、護衛と補佐官にその場で待つよう言うと、軽い足取りで歩み寄る。 なんの躊躇いもなく二人に近づくと、アデスの背後に立ち耳元で囁いた。 「そんなに力を入れると大事な人が窒息してしまうだろう?」 その声に我に返ったアデスが慌ててクルーゼを戒めていた腕を解く。 ぷはっと大きく息をついで、クルーゼがアデスを睨み付けた。 「一体、何事だというのだ!お前は!!」 「そう、怒らなくても…彼の気持ちも察してやりたまえ」 横から声をかけられてクルーゼがギルバートの存在にようやく気づく。 「ギ…議長!」 とっさに言い直したクルーゼの言葉にアデスが正気(?)を取り戻し、慌てて敬礼する。 そこで、ようやくギャラリーも正気に戻った。放心状態の者も数人いたが、なんとか背筋を正し議長に敬礼する。 「どういうことだ?」 声をひそめてギルバートにだけ聞こえるように言うクルーゼに「君も罪作りな…」とぼそっと呟くと、ギルバートは耳元に唇を寄せて囁く。 「仮面……しなくていいのかい?」 「ああ、そのことか。もう意味はないからやめた」 あっさりと言うクルーゼに溜息をつく。 「そういうことは、事前に彼に言っておいてあげた方がいいと思うがね」 ちらりとアデスの方へ視線を流してギルバートが肩をすくめた。 ようやく合点がいったクルーゼが、硬直しているアデスに向き直る。 アデスはといえば、突然登場した第三者が自国の最高指導者であること、そして目の前で何事か囁きを交わす二人の親密さに事態の把握ができていないようであった。尤も自分のしでかした事を思い出して焦りまくっていることは間違いない。 そして、同じ事がロビーで固唾を呑んで見守る人たちにも言えた。 皆、目の前でおこっている出来事を正確に把握できず、この突発的な災難ともいうべき出来事は記憶から削除すべき筆頭項目だという結論に達した。 ただ、唯一「彼」の素顔だけは記憶に留めよう…それくらいの役得があってもいいはずだ。誰もがそう思った。 「―――というわけだから、もう気を遣ってくれなくていいぞ、アデス」 名を呼ばれて、ようやく通常の思考回路が復旧したようだ。 なんとか落ち着きを取り戻したアデスは、何が「というわけ」なのかはさっぱり分からなかったが、とにかくもう素顔を隠さなくてもよくなったことだけは認識した。 しかし、である。 それはそれで問題なのだ。 あの仮面はある種の近寄り難い雰囲気をつくりだしていたのだが、それがなくなった今、甘い蜜に吸い寄せられるように悪い虫が寄ってくることは想像に難くない。 クルーゼを一途なまでに敬愛しているのは何もアデスに限ったことではない。 若い兵、とりわけザフトの英雄に憧れる兵たちの中には、箍がはずれたように突っ走る者もいるかもしれない。 アデスは、それを思うと途端に憂鬱な気分になった。今までクルーゼの素顔を独占してきたアデスにとって、この状況はかなり辛い。自分だけの特権がなくなってしまったのだからだ。 いろいろと心配するあまり情けない顔になってしまったアデスに気づき、クルーゼが苦笑する。 「何を心配しているか大体想像がつくが……こうして体温を感じ合うのはお前だけに許したことだぞ?」 ふわりと微笑み、小さな声で囁くと、自然に伸ばされたクルーゼの指先がアデスの頬に触れる。 その光景に声にならない叫びを発し、良識ある者たちは一斉に回れ右を余儀なくされた。 見てはならない他人の情事。 そして、図らずも見てしまった仮面なしのクルーゼの微笑。 高鳴る胸の鼓動を気のせいだと自らに言い聞かせながら、必死に見たいという欲求と戦い、視線を逸らす。 そして、逸らした視線の先にいた人物の顔を見て再び凍りついた。 そこに立っていたのは、プラント最高評議会議長。 有事の際にはザフト軍総指揮官となる人物だ。 議長は微笑んでいる。 しかし―――口元は笑っているのに、眼差しは氷点下のブリザードだ。 怖い。 本能的な恐怖を感じた周囲の者たちは、少しずつ後ずさりを始めた。 頬を朱に染め、感動しているらしいアデスは議長の気配に気づくことはない。 そして、クルーゼはおそらく計算ずくで、議長を含めた周囲の反応を煽っていることに間違いないだろう。 既に二人だけの世界に入ってしまったアデスとクルーゼに「状況を見ろ!」と突っ込みたかったのだが、そんなことができるザフトきっての勇者はここにはいなかったのである。 END 「制服騒動」2005.1010 既刊本『あでくる。11 〜第一種接近遭遇〜』のサンプルとして「アデスvs議長2」を抜粋しました。 当然のごとく「ありえん!」設定です。ご了承ください。 いやあ…もう、いちゃちゃさせたかった。それに尽きます。アデスの黒い制服。広い胸に隊長が顔をうずめる――っていうのに萌えたのでv なんで仮面が必要なくなったとか、いろいろ細かいところは考えてません。ただひたすら軽いノリのお話を書こうと思ったので、都合の悪いところは目をつぶってください(笑)。 にしても・・・なんか、ギルが可哀想・・・ですかね? そんなことより、こんな現場を目撃したザフトの皆さんが気の毒です。 ※ブラウザのbackでお戻りください。 |