闇の中
閃光が一つ、また一つ消えていく。

この手で消していく光を何の感慨もなく見つめた。

いずれ自分もその一つになる。

だから、厭わしいはずのその光を
悲しいとも、切ないとも思うことはなかった。
まして怖いなど……。


(あれは、穏やかな光だ)


死を意味する光をなぜあたたかく感じてしまうのか。
その先に何もないことが確かだから
もはや惑う必要がないから
苦しみも悲しみもその先にはないから

だから、最期に光になることは怖くない。







戦場から戦場へと
常に戦いの場にこの身を置いて

宇宙(そら)を占める他人の敵意と殺意と憎悪を肌に感じる日々。
刺すように、焦がすように意識に働きかける他人の存在。


厭わしい。


この血ゆえか、
研ぎ澄まされた感性は、他者の気配に敏感だ。

たとえ、宇宙の凍てついた闇の中にいても。







宇宙では深い眠りが訪れることはない。

住み慣れてしまった軍艦の艦内で
ただ、脳と肉体が欲するだけの浅く必要最低限の「睡眠」をとるだけだ。

眠らなければ、判断力や注意力が散漫になり、
指揮官としての責任を果たすことはできない。

ただ、眠るのは義務感からだ。



勝つために。

望みを叶えるために。







ほんの一時の休息。

身体が欲する行動としての睡眠を。

生物の本能が求めるものを自らに与えて、
夢の中で
繰り返し繰り返し
自分の望みを確認する。

確認させられる。


過去の痛みや悲しみが夢の中で再現される。
それは、自らに忘却を赦さないとでも言うかのように。

そして、今また現実のものとして、その嘆きの渦に放り込まれる。





今日もまた私は眠る。
浅い眠りを求めて。

また繰り返すための活力を得るために、私は眠るのだ。




一つの航海が終わり、
一つの戦いが終わり、
誰かの命の火を吹き消して、
私の浅い眠りも終わる。
そして、繰り返す。


戦いの合間の
つかの間の眠り。


やさしい手が私を起こすまで

私は何度も眠り、何度も目覚める。







いつか、深い眠りになることを祈って。

















■深い眠り■




「隊長?」

明かりを灯したままの室内に入り、上官の姿を探す。
ベッドの上に目当ての人物の姿を見つけると、アデスはゆっくりと歩み寄った。

「眠っているんですか?」

返事のないクルーゼの姿に苦笑して、ベッドの脇に腰掛けた。
アデスの重みを受けてベッドがギシリと軋む。

「クルーたちはもう下船しましたよ。あとは、私とあなただけです」

今日からヴェサリウスは、定期整備のため2週間の休暇に入る。
宿直となる当番兵を残して、ほぼ全クルーが下船した。アデスは、最後までドックの整備担当者と打ち合わせをして、クルーたちが艦を降りるのを確認にしてから自分も降りるつもりだった。

人気のなくなった艦内は、静まりかえっている。
まだ残っていた隊長を呼びにクルーゼの自室を訪れたアデスは、制服のままベッドに横たわる上官の名を呼ぶ。

眠っているクルーゼは珍しく仮面を外していた。
艦内に残ったクルーがいるかもしれないのに不用心だと、頭の片隅で思った。



長いまつげが白い頬に影を落としている。
瞳は閉ざされたまま。

しばし美しい寝顔に見とれる。
金色の髪に縁取られた白皙の面にすっと通った鼻梁。
艶やかな唇。思わず触れたくなったが、あまりに反応がないので怪訝に思った。

「クルーゼ隊長?」

まだ目を覚まさない。
人の気配に敏感なはずの彼にしては珍しい。

「……隊長?」

静かすぎる。
クルーたちの足音もなくなり、人気も絶えた艦内の静けさと相まって、急にアデスは不安になった。
目の前の人の吐息が感じられない。
心臓が大きく脈打つ。

「隊長!クルーゼ隊長!?」

思わず手を伸ばし、クルーゼの肩を掴み揺さぶった。
声が震えた。
冷たい汗が背を伝わった。
焦って、仰向けに横たわったクルーゼの上に覆い被さるようにして顔を覗き込む。
吐息を確かめたくて、鼻先が触れ合うくらい顔を近づけた。

その時、突然クルーゼの瞼が開いた。

「「!!!」」

お互い驚いた。

「ア…デス?」

「た、いちょう……?」

掠れた言葉にお互いの動揺が伝わる。

「……驚かすな、心臓が止まりそうだ」

「それは、こちらの台詞です。起こしても反応がないので、焦りました」

大きく息をついた。安堵のため息だ。

「起こした?……気づかなかったな……」

身体を起こし、何か思い出すような表情のクルーゼ。
かなり強く揺さぶったのに、そのことも覚えていないと言う上官にアデスが眉を顰める。

「……どこか具合でも?」

「…いや?」

心配そうな表情でアデスが問いかけたが、あっさりと否定された、が―――。

「……そうだな、強いて言えば―――」

「気分でも!?」

勢い込んで訊ねたアデスの必死な顔にクルーゼが目を軽く瞠る。
すぐに真顔になって言った。

「心臓が痛い」

「な!……すぐに軍医を!!」

慌てて立ち上がりかけたアデスを押し留めるように、クルーゼがアデスの手を取る。
そのまま自身の左胸に押し当てた。

「た、隊長!?」

「わかるか?……動悸が激しい」

クスリと笑うクルーゼに、ようやくアデスはからかわれていることに気づく。
確かにアデスの手に伝わる鼓動が早い。

「お前のせいだからな」

にやりと笑うクルーゼは、自身の胸の上に置かれたアデスの大きな手の上にもう片方の手を重ねると、指を絡めた。
その仕草にアデスが苦笑する。

「私の心臓もあなたと同じくらい鼓動が早くなっていますよ。
尤も、あなたといる時はいつもですが……」

アデスはクルーゼの手を握り返して、今度は、自身の黒い制服の階級章の上に重ねた。
ちょうど心臓の上に当たるそれへ。

「本当……だな」

穏やかな笑みを浮かべる上官の姿は、どこか儚げで。
アデスは、急に不安に駆られた。

腕を伸ばし、クルーゼを抱き寄せる。
腕の中に細い身体を納め、きつく抱きしめる。

「どうした?」

「いえ……すみません。しばらく抱いていていいですか?」

ぴたりと合わさった胸は、互いの鼓動を身体全体で感じていた。
それが存在を確かめ合っているように思えて。

当たり前のように脈打つ鼓動がどうしてこんなにも切なくなるほど嬉しいと思うのか。
アデスは胸に疼くような痛みを感じた。

思わず、腕に力が入ってしまい、クルーゼが小さく呻く。
慌てて、激情のままにきつく抱きしめてしまった腕をゆるめた。

「……今日は驚くことばかりだな」

だが、そう笑ってアデスの背に手を回したクルーゼが、抱きしめ返してくれた。
クルーゼは子供をあやすようにアデスの背をやさしく叩く。
そして、アデスの胸に身体を預け、ちょうど心臓の上に耳をあてる。
触れた耳から伝わる相手の体温。
自分を抱きしめる男の鼓動を聴く。


心音が確かめられるほどの身体を寄り添わせることなど、アデスに出会うまでは経験がなかった。確かな拍動は、自分と相手の存在が今確かにここにあることの証拠のような気がして、それだけで居場所を与えられたような気がする。

肩の力が抜け、安堵のため息を洩らしたクルーゼの頬にアデスが指を滑らす。
頬を撫でるようにして大きな手のひらで包み込むと、クルーゼがその手のひらに口づけた。

「アデス……」

名を呼ぶ。
吐息のような囁きにアデスの胸が大きく脈打つ。
アデスは、頤に滑らせた指でクルーゼの顔を仰のかせると、唇を寄せた。

「……誘っていらっしゃるのですか?」

唇に触れるか触れないかのところで、囁く。

「誘ったのは、お前だろう……?」

クスリと笑みを洩らしたクルーゼがアデスの頭をかき抱くようにして、口づけた。

口づけと甘い吐息の中でクルーゼが小さく呟く。

「目が覚めた時、傍にお前がいるなら……眠るのもそれほど悪くはないな」

その呟きは、熱い吐息に紛れた。



絡めた舌が濡れた音をたてる。
吐息までも奪い尽くすかのような口づけは、二人の身体の底で燻るものに火をつけた。

触れ合った肌が熱を帯びるようになり、二人は互いの身体に没頭していった。














情事に満ち足りた後の気だるさをまとわせ、
クルーゼは、ベッドの上に俯せに横たわっていた。

眠っているのか、目を閉じたその面は穏やかで、
アデスはなぜかそれに安堵した。

腰の辺りまで掛かった上掛けは乱れ、白い背中が晒されている。
肌寒さを感じるだろうと思い、白い制服をその背に掛けてやった。
微かに身じろぎした肩を見つめる。

そして自身の制服の襟を直し、立ち上がる。
アデスが、ベッドの脇に置かれた黒い軍帽に手を伸ばした時だった。

するりと、
その手にクルーゼの指が絡む。
まるで、引き留めるかのように。
名残惜しげに。

いつの間にか目を開けていたクルーゼの青い瞳がアデスを見つめていた。
アデスの顔を見上げるクルーゼは、何か言いたげで。

その表情の裏に隠された想いにアデスは気づいたのか。
ふっとアデスが微笑むと、再びベッドの端に腰を下ろし、手を伸ばした。

「……傍にいますよ」

髪をやさしく撫でる手。

その言葉に安堵したかのように、クルーゼは、そっと目を閉じた。
耳元にアデスが唇を寄せた。

「おやすみなさい…」

こめかみに触れるだけのキス。





クルーゼは深い眠りに落ちていった。














END




もちろん隊長とアデスの下船は半日延期されました(笑)。



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