■二人の距離■





プラント建国記念日。
式典とその後の祝賀パーティには、待機中の各隊の隊長と艦長など、軍の上級士官の出席が義務づけられている。ちょうど休暇で本国に戻っていたヴェサリウスのクルーも例外ではなかった。
建国記念日は、官公署や学校、会社などは休みとなり、市民は各プラント内で開催される式典やイベントに参加したり、のんびり家で特別番組を見たりするのが、一般的な記念日の過ごし方だった。

政府主催の記念式典の後に催される祝賀パーティには、政財界・軍の上層部の主だった者たちが出席していた。
戦時中ということもあり、例年よりも規模が縮小されたとはいえ、国政の安定と権威を内外に知らしめるためには、こうした派手な行事は欠かせない。

会場となった市内屈指のホテルの大広間では、評議会の礼服やザフトの軍服姿、盛装した男女がグラスを片手に会話を楽しんでいた。
パーティといっても、一部の出席者にとっては楽しく談笑などしている余裕はない。政
財界の主だった人物が一堂に集う記念式典関連行事は、格好の情報交換の場となっている。
新たな人脈を開拓する場でもあるし、周囲の人物に気を配っていれば、誰がどの陣営に組しているか、また、誰と誰が仲が悪いのかなどが分かる。
政治家や財界の著名人の秘書たちは、自分の上司が挨拶回りをしている間に忙しく立ち回らなければならない。出席している人物のチェックと人間関係の確認、そして情報交換。
とてもではないが、食事を楽しんでいる間などなかった。



パーティの間、ラウ・ル・クルーゼは、ほとんど国防委員長の傍にいた。

一歩後ろに下がってパトリック・ザラの挨拶回りに付き合っていた。
いや、ザラの場合、自分が動かなくても相手が挨拶に近寄ってくるので、クルーゼもまた、同じ場所に立ったままだったというのが正しい。
クルーゼが一切口を開かなくても、遠巻きにザラの様子を窺う者たちには、クルーゼの存在を印象付けることができた。
これは、ザラが望んだことでもあった。
「世界樹攻防戦」において、地球連邦軍のMA37機、戦艦6隻を撃墜させた若き英雄。
軍内だけでなくその名は、白いザフトの制服とともに政財界にも知れ渡っていた。
その白い制服姿のクルーゼを従えたザラは、否が応でも目立つ。
ザフト軍はもとより、プラント政府内に確固たる地位を築きつつあるザラにとって、クルーゼは己の力を顕示する格好の人材だった。


クルーゼ隊の旗艦ヴェサリウスの艦長アデスは、その様子を遠くから目にしていた。
彼もまた、パーティに出席していたが、クルーゼに声を掛けることはおろか近づくことすらできない状態だった。
華やかな場所が苦手な上、知人がいるわけでもない。
アデスは所在無げに会場となったホールの壁際に立っていた。

そもそも艦長クラスの出席が義務付けられているのは式典のみで、パーティには式典参加者の中でも隊長クラスから上の者に限られていた。
アデスが出席することになったのには、クルーゼ隊の軍における位置と立場が関係している。
任務遂行率が軍内一であるクルーゼ隊の艦長ということで、政府側から見れば日ごろの働きに対する「ごほうび」というつもりらしい。
だが、アデスにとっては官僚の権威主義など、知ったことではない。
与えられた任務を遂行するために最善を尽くし、その結果成功しただけで、軍人の本分から言えば当然の事だった。
ただ、現実はそうでないからこそ、主催者側が気を遣っているのだが、アデスからしてみれば迷惑以外の何物でもなかった。

大勢の出席者の中、一人の人物を見つけるのは難しい。
だが、アデスはクルーゼの居場所がすぐにわかった。
少し注意して周囲の人の視線を追えばいいのだ。

そして、今、アデスの視線の先には見慣れた彼の姿があった。
グラスを手にしたまま佇むクルーゼは、ザラにべったり付き従っている従僕のような印象を抱かせるので、アデスには面白くない。
クルーゼはといえば、興味本位で近づくパーティ客をそつなくかわし、なんとかザラの傍から離れようとするのだが、人の波は途切れることなく、なかなか抜け出す口実が得られない。
もともと表に立つつもりはないので、パーティの出席自体を断るつもりでいたのだが、ザラの命令で仕方なく参加することになったのだ。
このままでは悪目立ちしてしまう。
本人にしてみれば、無用な敵はつくりたくないのだが、既に今更…という気がしなくもない。
四方から話し掛けられていたクルーゼは、舌打ちを美辞麗句で隠し、口元だけで微笑む。
典型的な愛想笑いだったのだが、幸か不幸か仮面がそれを曖昧にしていた。

アデスは、クルーゼのそんな様子を遠目に眺めて苦笑する。
おそらく、クルーゼのそうした苛立ちや不快感に気づいたのは、自分ぐらいなものだろう。
この何カ月かのつきあいでそうしたことがわかるようになってきたようだ。
やがて、この状態に耐えかねたクルーゼが、ザラに何事か耳打ちしその場を去るのを見届け、アデスもまた、会場の出口へと足を向けた。




  ◇ 




一歩外へ出ると会場内の喧騒が嘘のように遠のく。

ようやく一息つけるようになったところで、アデスはひとつ深呼吸をした。
クルーゼの姿を探し、ロビーへと向かう途中、目当ての人物をクロークの前で見つけた。
クルーゼは、クロークへ預けていたコートを受け取っていたところだった。

「隊長。お疲れさまです」

アデスの声にクルーゼが振り向く。手には二人分のコートがあった。
アデスは、クルーゼの手にかけられた自分のコートに気づき、少し驚く。
会場を出るときに合図をしたわけでもないし、約束をしていたわけでもない。
アデスは会場内では、常にクルーゼの位置を確認していたが、あの広いホールでクルーゼが自分に気づいていたとは思わなかったのだ。

「よく……」

気がつきましたねと言おうとして、遮られる。

「ずっと動かないから、よくできた壁飾りかと思ったくらいだ」

クルーゼは、口元に笑みを浮かべて揶揄する。コートをアデスに手渡すと更にからかう。

「壁の花ならぬ壁の彫像かな。パーティは嫌いか?」

「嫌い……とまではいいませんが、好んで居たくはない場所ですね。どうにも落ち着きません…」

「違いない」

笑みを深くし、クルーゼが頷く。
アデスは、自分がクルーゼを気にかけていたのと同じように相手が自分を見ていたことに内心動揺していた。
動揺と言うより舞い上がっていたと言ったほうが適切だろう。
とにかく、照れ隠しもあって、慌ててクルーゼのコートを着せ掛けようとした。

「隊長、コートを」

「ああ、すまない」

アデスは、受け取った自分のコートを腕にかけたまま、上官の肩にコートを着せ掛ける。
クルーゼは、肩に掛かったコートの重みを気にするふうでもなく、腕も通さずにそのまま歩き出した。
アデスは、その数歩後を守護するかのように従う。
こうして、二人は祝賀パーティの会場を早々に退散することにした。



歩きながらアデスが思い出したかのように口を開く。

「隊長。何も食事されていなかったでしょう?どこか寄っていきませんか」

会場内で、手にしたグラスにも一切口をつけていなかったクルーゼの様子を思い出し、問い掛ける。自分も食事どころではなかったので、小腹が空いていたということもあった。

「そうだな・・・とてもではないが食事できる雰囲気ではなかったな」

「でしょうね。ずいぶんとお忙しいようでしたし。お疲れさまでした」

「うん?まあ、疲れたというより……くたびれたというような感じだな」

「くたびれた―――ですか?」

疲れたとどう違うのかとアデスは思ったが、クルーゼの口から出たくだけた物言いに苦笑する。

「どこがいいですかね。まあ……この格好ですし」

「この格好だしな……」

こほん。
とひとつ咳払いの後、アデスが言葉を続ける。

「―――では、決定ということで」

店の名前を互いに一言も口にしないのに意思の疎通はできたようだ。
まあ、選択肢がひとつしかなかったということだろう。
結局、軍の制服でも気軽に入れる店というと軍関係施設内にある士官用のバーか軍の食堂になるのだが、夜間シフトの兵が多く訪れる食堂へ行くのは避けたい。
そこで、行き先は士官用のバーになった。そこなら軽食と軽いアルコールが飲める。
このホテルから士官用バーのある軍施設に行くには、ホテルに隣接する公園を通り抜けた方が近道だった。
二人は、夜の公園に足を踏み入れた。



昼間は、散歩やウォーキングを楽しむ親子連れやホテルの宿泊客をよく見かける公園だが、夜間は人通りもなく静まりかえっている。
クラシックなデザインの街灯の下で、語り合うカップルの姿を時折見かけるだけだった。

公園に入って十歩も歩かないうちに、二人は呼び止められた。

「クルーゼ隊長!ここにいらしたんですか」

ザフトの制服を着た少年兵が、駆け寄ってきた。ずっとクルーゼを探してホテルの敷地内を駆け回っていたようだ。息を切らして敬礼すると、言葉を続ける。

「ザラ委員長からの伝言をお預かりしております」

そう言って一通の封書を差し出した。
ちょうど手の平にのるくらいの小さなものだ。
携帯電話やメールを使えば人手を介すこともなく相手に自分の意志を伝えられる時代に、メッセンジャーを使うとはなんとも古風なことだ。
尤も式典中やパーティの最中は携帯の使用について制限される。
かといって、全く使えないわけではない。まして、式典後だ。ザラ委員長なら誰にはばかることなく使用できようものを。これは明らかにデモンストレーションである。
機械で事足りるものを、あえて人を使って行うということは、それだけの権力と地位を持つということだ。特権階級としての自己顕示欲が強い証拠でもある。
今回に限って言えば、クルーゼが故意に携帯の電源を切っていたという事情もあったのだが―――。

「確かに受領した。ご苦労だったな」

クルーゼは少年兵からメッセージを受け取り、敬礼を返す。

「いえ、仕事ですから」

式典委員の徽章を胸に、腕章を腕につけた少年兵が、かすかに口元を緩ませて返礼する。
二人はメッセンジャーの後ろ姿を見送って、封筒に視線を戻す。

「なんでしょう?」

アデスが怪訝そうな顔をする。
それには応えず、クルーゼは無言のまま封を開ける。
二つ折りされた小さな紙片を開くと、ザフトの紋章の透かしが入った意匠と手書きされた短いメッセージが現れる。

それを黙って目で追ったクルーゼは、紙片を元のように封筒に戻し、コートの内ポケットにしまった。
そして、アデスの方を振り向くと口を開く。

「呼び出しだ」

「今からですか!?」

「ああ」

「では、自分も―――」

「いや、私ひとりでいい」

「しかし―――」

「・・・…いいんだ」

アデスは、その言葉に胸を衝かれた。
ため息こそ聞こえなかったが、声の響きにはある種の諦観のようなものが感じられた。



そして、気づいてしまった。



ザラの突然の呼び出しが任務についての内密の相談であるわけがない。
それは、クルーゼの態度でなんとなくわかってしまったことだ。

(行かせたくない)

アデスは心の中で強く思ったものの、そんなことを口にできるわけがない。

(なぜ、あなたがそこまでしなくてはいけないんですか?)

飲み込んだ言葉は、決して語られることのないもの。
彼の決意に口を挟まないこと。そして、自分の存在が彼の妨げにならないこと。
そう自らに誓ったはずだった。
アデスは、黙って拳を握り締めた。




公園の庭園灯が二人の長い影を地に描く。辺りは人影もまばらだ。
クルーゼは、肩に羽織っていたコートの袖に腕を通し、前を掻き合わせた。

「では……な。明日からの休暇を楽しむといい」

そう言って身を翻し、会場へ戻ろうとするクルーゼの動きが突然止まった。
アデスの方を振り向いて戸惑ったような声を出す。

「――アデス?どうした?」

「は?」

アデスの反応は鈍い。何を問われているのかわからないといった様子だ。

「手を………離してくれないか」

そう言われて初めてアデスは、視線を落とし、自分の手がクルーゼの腕をつかんでいる事に気づいた。
全くの無意識のうちにクルーゼを引き止めていたようだ。

「すっ、すみません!あのっ…これはですね……その…」

慌てて手を離し、謝罪する。
赤面して言い訳するアデスの様子にクルーゼがクスリと忍び笑いを洩らす。



そして、体ごとアデスに向き直ったクルーゼが、一歩アデスに近づく。
二人の距離は数歩と離れていない。



さらにまた一歩、クルーゼが歩み寄る。



アデスは、どうにか心を落ち着かせ成り行きを見守っていた。

クルーゼが何ごとかアデスに向かってつぶやく。

「え?」

それを聞き取れず、アデスはわずかに腰を屈め、首を傾けて耳を寄せようとした。

クルーゼが囁くようにアデスの耳元に唇を寄せる。

口付けはおろか抱きあうことすらしていなかったのだが、街灯の明かりに照らされて地に落ちた二人の影は、まるで抱き合い深く口付けを交わす恋人たちのように見えた。



互いの指先が触れ合う。



アデスの片手にクルーゼが指を絡めた。



クルーゼの囁きがアデスの耳に届く。



「心配するな。必ず帰るから―――お前のところに」



アデスの心臓がドクンと脈打つ。

その言葉は波紋のように広がりアデスの身体の強張りを解いた。






指先が離れる。



二人の間隔が一歩、二歩と拡がった。






「―――お帰りをお待ちしています」






アデスは、切なげな微笑と共にクルーゼを送り出した。












END

『二人の距離』 2004.3.21


「あでくる。5」掲載作品。本は完売してしまったので、テキストだけ復活させました。

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