訓練規定





ヴェサリウス艦内にある射撃場。
照明の明度は落とされ、標的のあたりだけが明るく照らされていた。

射場に佇む黒い人影。
右足を半歩前に出し、肩幅に開いた脚。
立射の姿勢で、右腕をまっすぐ水平に伸ばし、左手は軽く腰のベルトに添えられている。

まるで教本のような射撃体勢で、呼吸を整えると、25メートル前方の的に意識を集中する。深い呼吸からゆっくりと静かな呼吸を繰り返し、息を止める。
静止した的の中央に狙いを定め、引き金を引いた。

手元のモニターには、標的の拡大画面と点数、引き金を引くまでの反射速度などのデータが表示される。
ヴェサリウス艦長のアデスは、一連の動作を繰り返し、精密射撃を30発打ち終わると、今度は両手で銃を構えた。

ザフト兵に課せられた訓練規定の必須項目が射撃だ。
それは、指揮官や艦長職も例外ではない。

アデスは、右手でオートマチックのグリップを握り、左手を軽く添えた。精密射撃の後、ランダムに動く的で速射を50発。それを2セット繰り返すのが通常の訓練規定だった。

バイザー越しに標的が現れるエリアを注視する。

『attention!』

防音用のヘッドセットからの警告後、開始の電子音。
立て続けに25発の銃声が射場にこだました。



一度腕を降ろし、呼吸を整え、あと25発分のスタートボタンを押そうとしたところで、すぐ横のブースに人の気配を感じ、顔を上げた。
上官の姿を認めて、慌ててバイザーとヘッドセットを取り外す。

「申し訳ありません!緊急(エマージェンシー)ですか!?」

集中しすぎていて緊急の呼び出しに気づかなかったのかと焦り、勢い込んで訊ねた。

「いや?気にせず続けてくれ」

そう言うと、自分も射場に入り、台座の上にオートマチック銃と弾丸のカートリッジを置く。

「隊長も訓練規定ですか?」

あまりに意外そうに聞くアデスにクルーゼが苦笑する。

「そんなに意外そうに言われると、立場がないな」

「も、申し訳ありません」

「隊長職といえど、ザフト兵の一員に違いないからな。一応」
カートリッジを挿入しながら、笑う。

そして、おもむろに顔を覆う仮面を取り外す。
無粋な仮面の下から秀麗な素顔を現れ、金糸が舞う。

「たっ…隊長!!」

アデスが驚き、慌ててクルーゼの顔面に手をかざす。

「誰かに見られたら……!」

「大丈夫だ」

クスリと忍び笑いをし、素顔を隠そうと視界を遮ったアデスの手の甲に自分の手を添えた。
落ち着いて自分の眼前からアデスの手をはずそうとするクルーゼに、アデスが慌てる。

「艦内モニターだってあるんですよ!」

「心配性だな。入り口はロックしてあるし、モニターも切ってある。隊長権限でな」

しれっと答える上官に呆れた。
「ですが……自分がおります!」

「お前はいいだろう?」

「――そういうことではなくて……」

「どういうことだ?」

そんな素顔で横にいられたら見惚れてしまって、落ち着いて射撃訓練などできない―――とは口が裂けても言えない。

「ですから………」

「ん?」

「……もう……いいです」

「そうか?」

深いため息をつく部下の様子を一瞥したクルーゼは、首に掛けたヘッドセットを装着する。

「訓練の時にはこれが邪魔になるからな」

はずした仮面を台座の上に置くと、ちらりと隣のブースのモニターを覗く。アデスの射撃データを見て呟く。

「意外だな」

「はい?」

(不器用そうに見えるのに)
口には出さず、そう思った。

全て満点とはいかないまでも、全弾命中している。特に精密射撃の成績が良いのには驚いた。
護衛官や狙撃手が務まるほどの腕だ。
集中力が求められる精密射撃の成績が良いというのは、アデスらしいといえばそうかもしれない。

「いや、銃を持つ手が意外に……やさしいと思ってな」

「そうですか?」
アデスは、苦笑する。

「最近、怠っていたので腕がなまってしまいました」

そう言って目の前で銃を持つ手をひらめかせる。

「鈍っていてもこの命中率なら十分だろう?」

「速射は苦手ですが、精密射撃は精神統一するのにちょうどいいですから。実戦向きではありませんね」

「なるほど、精神修練の一環か……」

謙遜しているというより、自己能力を冷静に分析している態度に、この男の実直さが窺えた。

「大きな手だ」

「無骨な手ですよ」

アデスはまたも苦笑する。
クルーゼは、アデスの手の甲を包み込むようにして、銃を握る手のひらを開かせた。
 
白い手袋越しに伝わるぬくもり。
節が目立つ、無骨で大きな手。だが、温かいぬくもりに満ちた手。

この手が支えるのは、自分以外の誰か。
一時、貸し与えられた手はいずれ離れていくだろう。
自惚れはしない。後で傷つくことが怖いから。
子どものころから心と体に染みついた習性。
期待し、過信しなければ、失望もしない。
それは慣れた感情。

「……隊長?」

「いや、この手が―――不器用そうに見えるこの手が、存外やさしく抱くからな」

誰を、とは言わず微笑むクルーゼに赤面するアデス。

「いえっ…その……」

途端に額に汗をかき始めるアデスがおかしくて、笑ってしまう。
アデスの手に指を絡めるようにして、銃を奪うと自分の銃と並べて台座に置く。

「隊長?」

「静かに…」

顔を寄せて囁くと、指先でアデスの唇を掠めるように触れる。

「硝煙の匂いがするな…」

そのまま己の唇を重ねた。クルーゼの手がアデスの頬を包み込む。角度を変えて施される口付け。
躊躇いがちに伸ばされたアデスの腕が、そっとクルーゼの腰に添えられる。

こうして誘われたからには、応えなくてはいけないと目の前の男は生真面目に考えているのだろう。クルーゼは、その理性を捨てさせようと、ますます口付けを深くする。
ひとしきり互いの唇の感触を味わった後、クルーゼがアデスの制服の襟元を緩める。

「た…隊長!」

「いや、硝煙の匂いが……結構クるな」

「はあ!? ちょ…っ、待っ……」

アデスは、壁際へ追い詰められると、頬を両手で包まれて口付けられた。舌を絡め、口腔内を舌先がなぞるたびに、背筋がぞくりとする。
アデスは、深くなる口付けに応えるものの、内心焦りまくっていた。
こんなに激しく求められても困る。いや、嬉しいのだが、困る。
こんな場所で煽られて、その気になってしまったら後々大変なコトになるのは目に見えていた。
特に自分が―――。

「…っ!駄目ですっ!」

流されそうになる理性と戦いながら、何とかクルーゼの腕を掴んで、力任せに自分から引き剥がす。
息をはずませてクルーゼが舌打ちする。

「手ごわいな…」

「あの…っ……隊長?」

アデスもまた息を荒げていた。

「お前の理性を砕いてみたかったのだが…精神修練は伊達じゃないらしいな」

悔しそうに言うクルーゼに呆れた。

「だったら、別の場所でお願いします!誰だって、ここではその気になれません」

「自信はあったのだが……」

顎に手をあてて「ふむ」と考え込む上官の姿に、もう二の句が告げない。どうすればそんなセリフが出てくるのか。
しかも、これだけ煽られて、このまま放置されるのだろうか。それこそ冗談ではなかった。
意を決してクルーゼの肩を掴むとまじめな顔で告げた。

「隊長。訓練は別の日に改めてください」

そう言うが早いか、上官と自分の銃、そしてカートリッジを片付け始めた。クルーゼは腕を組んで壁に身体を預けながら、じっとその様子を見つめていた。
アデスが、モニターの電源を落とし、クルーゼへ向き直ると彼のヘッドセットを取りはずす。

「私の勝ちだな?」

「ええ。それはもう!」

口元に勝ち誇った笑みを浮かべる上官に怒ったように答えた後、つい吹き出してしまった。

「あなたに勝てる者などおりませんよ」

壁際に歩み寄り、背を壁に預けたクルーゼを覆うように、腕をついて顔を寄せる。

「この後、お時間は?」

「次のシフトまで5時間というところかな」

「なら1時間、自分にください」

「―――いいだろう」

嫣然とクルーゼが微笑む。
アデスは、その唇に己の唇を重ねた。














END 「訓練規定」2005.0503





続きは、既刊本『あでくる。9 ここに在るもの』 おまけ本「訓練規定・裏」にて。R16指定。
射撃の描写は、国体ライフル射撃(センター・ファイア・ピストルほか)のルールを参考にしています。
アデスは、あんまりいろんなことに器用ではないけど、一つのことに集中すると結構実力を発揮できるのではないかと思います。職人肌というか・・・。隊長は、何でも器用にこなすので、その辺の性格の違いがいいのかなーと。とにかく、アデスを翻弄して愉しむのが隊長の趣味です。




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