++春風++






春風にふわりと髪がゆれた。



気温が高くなったせいか、いつもならきちんと整えられた襟元をはだけた彼の姿に見惚れた。

常日頃、軍の制服の高い襟に隠されたそこ。
月下に晒される青白い首筋ならば見慣れているが、そこは、太陽の陽に晒されることなどないと思っていた。

今、隣を歩く人の横顔は穏やかだ。どこか楽しげでもある。

惜しげもなく、陽の下に美しい素顔を晒して、歩く。
行き交う人が、時折、振り返ることにすら気付いていない。

ふと、一本の樹の前で足を止めた。


艶やかに咲き誇る花。
清冽な印象を与えるその樹の名は「サクラ」。


サクラの花がはらり、と散り始めた。

私と彼の間にうす紅色の紙片のようなものがいくつも舞う。

「風が……」

そう呟いた彼の唇から目が離せなくなった。
春風は気まぐれだ。突然、強い風が梢を揺らし、髪をなぶる。
彼は、乱れた髪を押さえ、埃を巻き上げる風に抗うように身を縮め、眼を瞑る。

私はほんの数歩の距離を縮めて、彼の風上に立つ。
突風からの盾になった私に気付き、彼が目を開く。

「あ……」

何気なく、彼の唇に貼り付いた薄い花弁に手を伸ばした。
無意識に伸びた指が彼の唇に微かに触れた。

「はい、取れました」

「なんだ?」

「サクラの花びらですよ。食べてしまいそうでしたから」

クスリ、と笑う。

「ああ……」

彼が私の指先に残った花びらをじっと見つめた。

「いや、美味いかもしれないぞ」

そう言って、身をかがめると私の指先をぺろりと舐めた。
サクラの花びらごと。

「……っ!」

「味がしない……」

不満そうに眉根を寄せた彼の表情が、子供っぽくて、つい、笑みが洩れる。
笑う私に悪戯っぽい視線を投げて「ほら」と、彼が口を開けて、舌を見せた。

赤い舌に貼り付いた白い花弁。
誘うように彼の瞳が色を変える。


ひょっとして、口移しで味見しろということだろうか……。


春の午後。
人気の多い場所だということを失念しそうになった。

どうしようか、迷って困った顔になった私に、彼が吹き出した。

「冗談だ」

くるりと向きを変えた彼の髪が風になびく。

乱れた髪の合間から白い首筋が覗く。
そこにうす紅色の痕跡を見つけた。
サクラの花びらのような、それを、刻んだ記憶が脳裏によみがえる。

再び歩き始めた彼の腕を後ろから掴んで引き寄せた。

「……?」

不思議そうな顔をして彼が振り返る。



「今夜、もう一度……いいですか?」



耳元で囁いた。

彼は、答えの代わりに微笑んだ。







End




オイオイ、衆目の的だぞ!アデス!
もう少し、慎みを持て……って今更おそいって(笑)。