−甘い静寂−



朝、空が白み始めた頃に目が覚めたアデスは、あまりの静けさを怪訝に思った。
窓の外を見れば青白い世界が広がっている。確かここは深い森の奥の屋敷だったはずだ。常緑の針葉樹やカラマツの林が目の前に広がっているはずなのに、そこは青い光を放つ白銀の世界だった。

アデスは、最初何が起きたか理解できず息を呑んだ。
そしてそれが雪だということに遅ればせながら気付き、プラントでは見たことのない光景を、しばし感歎の趣で眺めた。

「……どうした?」

「あ、すみません。起こしてしまいましたか」

自分の隣で眠っていたはずの人が、もそりと身体を動かした。

「……急に湯たんぽがなくなれば目も覚める」

「それは失礼しました」

アデスは笑って、再びベッドの中に潜り込むと、細い身体を抱き寄せた。

「外に珍しいものでもあったのか?」

「それほど珍しくは……ああ、いえ、やはり珍しいものですね」

変な言葉になってしまったアデスをラウが訝る。

「なんだ?」

「雪……でした」

「ああ、どうりで静かなわけだ」

ラウは納得したように再び目を閉じてアデスの胸に頬をすり寄せた。まるで大きな猫のようだ。ぬくぬくと暖かい場所を求めて身体をすり寄せる様は、とてもザフトきっての知将と呼ばれた人物とは思えない。

「雪が降ると静かなのですか?」

「んー?」

どこか眠たげに返事をしたラウは、もう一度アデスの胸の中で眠ろうとしていた。起こすのも忍びなかったので、また夜が明けてから聞いてみようとアデスは口を閉ざした。
だが、ちゃんとアデスの問いかけはラウの耳に届いていたようで、ラウは目を瞑ったまま口を開いた。

「積雪による吸音効果だ。雪が空気中の塵を吸着するから空気がとても澄んで、音の抜けがよくなる。それに、寒い上に朝方だ。動物など音を発する生き物の絶対数が減少する。新雪の条件が良ければ、80%以上の音を吸音する。だから静かなんだ……」

とても半分眠っているとは思えない明瞭な回答だった。アデスが驚いて目を丸くする。

「……プラントでは雪が降ることはないが、四季がある地球の国ではそう珍しいことでもない。特にここ、フラガ家の別邸がある辺りは雪が深いらしい」

「……そうなんですか」

聞こえるのは、ラウの囁くような言葉と吐息だけだ。
人や動物が動く気配もなく、静寂だけがこの世界を支配していた。
今までこれほどの静寂を感じたこことがなかった。戦艦の中では艦長室に一人でいたとしても、機械の駆動音やエンジンの微弱な音が伝わってくるからだ。それを思うと、自分が今まで静かだと思っていた空間は、ここに比べれば賑やかなものだろう。

「生き物は、生きているということだけで音を発生させる。それは、騒音にもなれば心地よい音にもなる」

アデスは、ふと怖くなった。
完全なる静寂とは、生物がいない世界でしかあり得ないからだ。

「なんだか……怖いくらいの静寂です」

「……そうか? 雑音がなくてちょうどいい」

ラウがゆっくりとアデスの胸に手の平を置いた。

「お前の鼓動が……はっきりと感じられるから……」

まるで寝言のような小さな呟きを残してラウはすうっと眠入ってしまった。
アデスは、ラウの背に手を回して深く抱き寄せた。

そう、この静寂は歓迎すべきものだ。

アデスは愛しい人の寝顔を眺めて微笑した。この静けさがずっと続けばいい、そう思った。


まるで、互いの鼓動はおろか、血液の流れる脈拍さえも感じられるような―――甘い静寂が。





−了−  2009/12/29