| ++待ちぼうけ++ 「毎度どうも〜!特派でっす」 敬礼の真似事をして、屋敷の中へふらりと入っていこうとした男を、慌てて秘書官の制服を着た青年が呼び止めた。 シュナイゼル殿下に会いにきたと話す男に応対した新米秘書官は、思い切り眉を顰めて、冷たく男を見下ろす。 銀色の髪、技術者風の白い長衣、そして、眼鏡。 しまりのない顔でニヤニヤと笑っているその男は、明らかにブリタニア本国にある政庁の中でも、政治の中枢であるここ宰相府には似つかわしくない。 どこの馬鹿だか知らないが、そんな無礼な態度の人間を自分が敬愛する宰相閣下の前に通すわけにはいかない。 長年の念願が叶い、誰もが憧れるシュナイゼル殿下の秘書部門に配属されたばかりの青年は、もとより男を追い返す気満々だったが、一応、念のため、マニュアルに則り慇懃無礼に用件を聞く。だが、男は殿下に会いに来たと言うばかりで、要領を得ない。 「失礼ですが、お約束はおありでしょうか?」 男は、きょとんとした顔で、「お約束?」と首を傾げる。 その人を食ったような仕草に、やはり、この男は頭が悪いのではないかと思った。 「殿下は、お約束のない方とはお会いになりません。公務が立て込んでおりますので、アポイントメントをお取りになってから、お出かけ直しください」 秘書官は、にっこりと顔の筋肉だけ動かして、告げた。 「ええ〜っ!? 困るなあ、なんとかならない?」 大仰に驚いて見せた男が、頭をかいて眉を下げた。 「なりません。規則ですので」 多少、額に青筋を浮かべながら秘書官が男の要求を突っぱねた。 世の中には、こういう種類の人間がいないわけではないが、ここまで来ることができたというのはおかしい。青年は、「ここのセキュリティはどうなっているのだ!?」と内心憤慨していた。 殿下の執務室がある棟に来るまでには、何重ものセキュリティチェックをくぐって来なければならない。更に殿下の部屋までは、ここから2つの取り次ぎを通してからでなければ拝謁できないようになっていた。門番はおろか、護衛兵までこんな男をどうして見逃したのか、不思議で仕方がなかった。 今、自分がいる場所は、執務棟の入口だ。まだ新人なので、殿下のお姿を毎日拝見できるわけではないが、ここを死守しなければ、殿下が危険に晒される。「自分がお守りしなければ!」と強い決意を滲ませて、相手の男を警戒していた。 そして、これ以上ごねるようなら警備兵を呼ぼうかとカウンター下の非常用ボタンに手を伸ばした時だった。 「アスプルンド伯、あまり殿下をお待たせしないでいただきたい」 青年の背後から唐突に声が聞こえた。奥の扉からやってきた年輩の秘書官が、だらしなく立つ男に向かって声を掛けたのだ。 「は、伯爵!?」 ――――こんなのが!? 嘘だろ!? と、青年は内心叫んでいたことだろう。 そして、殿下のお気に入りの伯爵ロイド・アスプルンドの名は、先輩達からの申し送り事項で聞いていたはずだったが、顔までは知らなかったことを思い出した。 年輩の秘書官は、思わず声を上げてしまった青年をじろりと睨んで、視線だけで不作法を咎めた。 「あは、そんなにお待たせしちゃってます〜?」 「門番からの連絡を受けて30分……何をなさっていたんですか」 「え〜いろいろv」 男と年輩の秘書官は顔なじみの様子だ。 雑談を交わしながら、伯爵はあっさりと奥へと案内された。 自分の失態をいつ上司に告げ口されるかとビクビクしていた青年は、ロイドが自分のことを口にしなかったことに心から感謝した。 だが、呆然とする青年の脇をするりと抜けて、相変わらずふざけた物言いのまま軽い足取りで奥の扉へと向かった男が、扉の向こうに消える前、青年の方を振り向く。 「あ、僕が殿下にご用じゃなくて、あの方が、僕に、ご用があるんですよ〜」 つまり、アポイントメントを取られたのは自分の方だと言いたいらしい。 「あとですね、殿下のお仕事のことにもう少し気を配った方がいいですよぉ。特別派遣嚮導技術部。通称“特派”、覚えておいてくださいねv」 眼鏡の奥で目を細めた男が、笑って去って行った。 青ざめた青年が、今後しばらく落ち込むことになるのは間違いなかった。 ――――『特派』。 まだ創設されて間もない部署の名を、青年は生涯忘れることはないだろう。 その型破りな責任者の名前と共に―――――。 ◇ 「やあ。随分、遅かったね」 窓際に佇み、中庭を眺めていた長身がロイドに振り向きにこやかに言った。 「道中、いろいろ楽しいことがありましてv」 皇族に呼び出されたというのに、儀礼的な挨拶もせずにロイドが歩み寄る。普通は、ここで「ロイド・アスプルンド、お召しにより参上いたしました。第2皇子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく、恐悦至極に存じ上げます」とかなんとか……殿下の足元に跪いて堅苦しい挨拶があるはずなのだが、そんなことは一切無視だ。 また、礼を受けるはずの人物も、まったく気にしていないようだ。 「それはよかった。でも、あまり若い者をからかわないでくれよ」 「やだなぁ、それが楽しいんじゃないですかぁ」 「全く……困った子だね」 「おや、僕を子供扱いなさるおつもりですかぁ?」 「その子供っぽいところを直さない限りね」 苦笑したシュナイゼルは、大きな子供に向かって手招きした。 ロイドはそれに従い、毛足の長い豪奢な絨毯の上をほてほてと歩き、窓辺に近寄る。 シュナイゼルは出窓になっているそこへ半身を腰かけるようにして、窓の外を見下ろした。ロイドも隣に割り込むと、身を乗り出すようにしてカーテンの隙間から中庭を見る。 「ほら」 「おや」 二人が身じろぎしたせいか、繻子のカーテンがふわりと揺らめいた。 中庭を歩く人影は、第3皇子のクロヴィスだ。 綺麗に剪定された植木と色とりどりの花が咲く花壇の間を行ったり来たりしている。 時折、懐中時計を取り出しては時間を確認しているようだ。 「誰かを待っていらっしゃるのかなぁ?」 とぼけた口調で呟いたロイドには、クロヴィスが誰を待っているのか容易に想像できた。 「もう、ああして30分位あそこにいるのだよ。あの子は」 シュナイゼルの口元にはうっすら笑みが浮かんでいた。 それを目の端に捉えて、ロイドが意味ありげに笑う。 まるで、無声映画を見ているような中庭の様子に興味を引かれたのか、再びロイドの視線がクロヴィスに注がれた。 新たな登場人物が、恭しくクロヴィスのもとに近づく。秘書官らしき人間が、彼に何かを伝え、一礼して去っていくと、一人残されたクロヴィスが肩を落とした。 期待に添わない結果となって、随分とがっかりしている様子だ。悄然と佇み、また時計を見る。しばらくすると、また同じ場所をぐるぐると歩き回り始めた。 「あらら……お気の毒。あと、どのくらい待たされてしまうんでしょうねぇ。――――大好きなお兄様に」 窓の外に視線を向けたまま、小さな愛玩動物を見るような眼をして、シュナイゼルがクスリと忍び笑いを洩らす。 「さあ?―――君次第じゃないかな」 急に眼下の人物への興味を失ったロイドが立ち上がって、腰を伸ばした。 腰を捻って身を乗り出すような姿勢で下を見ていたので、疲れたようだ。「うーん」と伸びをして、首を鳴らす。もちろん主の前でやることではないのは、言うまでもない。 「殿下。この後、お約束は?」 シュナイゼルは、出窓に腰掛けたままロイドに向き直った。 「ないよ」 窓の下では、まだクロヴィスが兄の公務が終わるのを待っている。今日の面談が叶うことはないとは知らずに……。 「それは、重畳」 愉しそうに微笑んだロイドにシュナイゼルが手を伸ばし、腰を抱き寄せた。 「ロイド、君が何をしても私は大体許すけれど、私は待たされることに慣れていないからね」 下からロイドの顔を見上げ、「ほどほどにしておくように」というシュナイゼルの言葉に、ロイドは薄く笑った。 「やだなぁ、殿下、焦らされるのはお好きでしょ」 腰掛けたままのシュナイゼルの脚の間に立たされたロイドが、相手の頬に指を滑らせ、頤をすくい上げた。 「そう?」 意味ありげなロイドの言葉にも、シュナイゼルは全く動じず、小憎らしいまでに平然と受け流した。 ロイドの青い瞳が嗤った。 「え〜っ僕の勘違いですかぁ? おかしいなあ」 いつもの巫山戯た口調でわざとらしく首を傾げた。 「確かめたければ、今度は夜おいで。それとも私が行こうか?」 「あなたが来ると、いろいろ賑やかになって迷惑なので、僕が来ますよ。……ああ、でも取り次ぎに時間がかかるのは面倒くさいなぁ」 「では、窓をあけておくよ」 ロイドの眼鏡を奪い、シュナイゼルが唇を寄せる。 「ねえ、殿下。それ、本気で言ってますぅ? ………ここ3階ですけど」 ロイドが思い切り嫌そうな顔をした。 End 2007/03/18 特派ができたばかりの頃のお話。クロヴィスがエリア11の総督になる前くらいの設定です。 きっと殿下は特上の笑顔でクロヴィスに非道いことをしていたんじゃないだろうか。 でも、クロヴィスは兄上の意地悪に気付かないで、懐いているとか……。 ああ、クロヴィス……不憫な子。 クロヴィスに限らず、あの胡散臭い善人面に騙されている人は多そうだ。 |