++わがまま++





3時のお茶の支度をして、セシルが仕事中のロイドのもとにやって来た。
ランスロットの戦闘データの解析に夢中になっていたロイドは、パソコンの画面を注視したまま右手を出す。セシルは、慣れた手つきで淹れお茶のカップをソーサーごとロイドに持たせた。

「第二級軍規違反の罪状判定が不問になるとは正直思いませんでしたけど、でも、本当に良かったですね」

式根島での一件で、拘束されたスザクは、シュナイゼルが手を回してくれたおかげ罪に問われることなく、今も特派の一員として、また、ユーフェミアの騎士として軍務についている。
そのことに一番安堵したのは、セシルだった。

「あ、そお? 僕は、何とかなると思ってたましたよ〜」

お茶をすすりながら軽く応えたロイドにセシルが、トレイを抱えて、ほうっと溜息をつく。

「だって、準一級命令ですよ!? シュナイゼル殿下ご自身がお命じになったんじゃありませんか。命令を下したご本人が命令に反した人間を許すなんて、よほど度量の大きい方ではないとできませんわ。さすが、殿下ですわね」

「殿下がユーフェミア皇女殿下に『後で何とかしてあげるから』と宣ったんだし、お兄さまの威信にかけても何とかなさったんでしょ」

素っ気なく言ったロイドにセシルが首を傾げた。

「……ロイドさん、どうして怒っているんですか?」

「怒ってる? 僕が?」

「ええ、なんだか拗ねていらっしゃるように思えますけど……」

「当たり前じゃない! 僕のランスロットを貴重なデバイサーごと壊されちゃうところだったんだよ!」

「また、そんな言い方! スザク君をパーツ扱いする発言はやめましょうねって何度も言ったでしょう!?」

「最前線で戦う軍人を消耗品だと思っている方たちよりマシでしょ」

「そういう言い方も外ではやめてください! ただでさえ、うちは睨まれているのに」

怒ったセシルは、実力行使も辞さない女性だ。
反省するつもりはないけれど、怖いので、これ以上、怒らせる前に口を噤んでおこうとロイドは思った。

「はいはい」

気のない返事にセシルは憤然としていたが、ロイドの態度はいつものことなので、すぐに気を取り直す。

「でも、本当にスザク君も皇女殿下もご無事でよかったです。兄君が妹姫様に気付かずに、戦闘の巻き添えにしてしまったなんてことになったらと思うと……背筋が震えます」

セシルが言った。

「………いてもいなくても変わらなかったと思うケド」

「……え?」

「あー……あのね、皇女殿下があの場に介入してくるのは分かっていたと思うよ」

「でも、そんな……」

「あの方はユーフェミア殿下の兄君だけど、それ以上に帝国宰相閣下だからねぇ」

「でも、殿下はイレギュラーがあるかもしれないって……それに賭けたとおっしゃって……」

「あは!セシル君もやっぱり女の子だねぇv あの人、見た目はまるっきり『皇子様』だしね」

「なんですか、それ……」

憮然とした顔でセシルが上司を軽く睨んだ。

「言葉通りでっすv さって、お仕事お仕事〜」

フンフンと鼻歌交じりで再びデータ解析に取り組み始めたロイドは、それ以上深く話す気はないようだ。
セシルはロイドの背に不安げな視線を送った。











特派はコーネリア総督の管轄外であるため、あらゆる意味で冷遇されていた。
ランスロットを整備するための場所として必要なナイトメア格納庫からも追い出され、トレーラーごとアッシュフォード学園の大学部にお世話になっている始末だ。
従って、官舎などの用意もされてはおらず、寝る場所も自前でなんとかするしかなかった。
おかげで政庁から最も遠い租界内にあるマンションの一部を独自に借り上げ、技術部官舎としていた。
研究室に泊まり込む癖のあるロイドは、せっかく借りた部屋にもかかわらず、めったに戻ることはなく、専らヘッドトレーラーに泊まり込んでいた。
全員は無理だが、数人なら宿泊可能なスペースはある。だが、それは、部屋と言えるほどの広さはなく、“スペース”でしかない。

伯爵位を持ちながら、どこから見ても貴族らしからぬ風貌及び言動のロイドは、慣れた様子で、その“スペース”に住んでいた。

その日も、ロイドは夜遅くまでランスロットと一緒に働いて充実した一日を過ごした。
そして、そろそろ寝ようと、アンダーシャツ1枚になって簡易ベッドに潜り込んだ時だった。

急に外が騒がしくなり、何台もの車が停車する音と、車のドアの開閉音が聞こえた。
ランスロットが活躍できるような戦闘でも起きない限り、一度ベッドに横になったロイドが起きることはない。
睡眠優先のロイドは、物音を気にもせず、眼鏡を枕元に置いて電気を消すと、そのまま目を閉じた。そして、寝付きのかなり良い、ロイドは、30秒後には完全に眠りについていたのだった。




ふと、傍に人の気配を感じて目を覚ました。
暗闇の中、小さな窓から差し込む月明かりに照らされて影が浮かび上がる。
ロイドは、同じように今夜はここに泊まりの部下が、寝場所を間違えたのかと思い何の警戒心もいだかなかった。寝返りを打って、さらに毛布の中で丸くなる。

「ロイド」

唐突に名を呼ばれて、その声の主が、自分の部下ではありえない人物であり、かつ、ここにいるべき人でもないことに気付き、驚いて目を見開いた。

目を開いたら目の前に人の顔があった。

「あれ?」

だが、どこかのんびりとした口調は、あまり驚いているようには感じられない。

「あまり、驚かないんだね。つまらない」

もちろんかなりビックリしたのだが、ロイドの驚愕がわかりやすく表情や声に出ることはなく、影がくすりと笑う。
ロイドは、迷惑そうな顔で上半身だけ起きあがり、蒼い影に浮かび上がった人物を改めて見た。

「驚きましたよ。心臓に悪い顔で、寝てる人間に迫らないでください、殿下」

殿下と呼ばれた影は、第2皇子のシュナイゼルだった。
豪奢な皇族服姿ではなく、人目を忍ぶための私服だったが、白皙の貴公子として、人々の熱い視線を受け続けている人物に向かって「心臓に悪い顔」だなどと言うのはロイドくらいだ。

「ひどいな、そんなに悪い顔かい?」

「ええ、とっても。心臓がバクバクいってますよ。ホラ」

そう言ってシュナイゼルの手を取り、自分の左胸の上に置いた。

「ああ、本当だ」

薄闇の中、ベッドの上で、男同士で向き合って、胸に手を触れている光景は異様だった。人に見られたら、あらぬ想像をされること間違いなしだ。
布地の上からでも、ロイドの鼓動が感じられ、シュナイゼルが笑みを洩らす。

「……なんです?」

「いや、服を着たまま他人の心臓の音を感じるなんて初めてだよ」

それは、つまり、服を着ていない状態では経験があるということだ。それも何度も。

「ああ、確かに。殿下は僕よりもよっぽど経験がおありでしょうから」

言う方も言う方だが、返す方も返す方だ。
何の感慨も抱かずにロイドが事実を言い、シュナイゼルは「そうかもしれないね」と笑う。
ロイドは、シュナイゼルの手を離し、眼鏡をかけると周囲を見渡す。

「あれ?……殿下、まさか、一人でいらしたんじゃないでしょうねぇ」

その言葉にシュナイゼルが窓の外に視線を送った。

「本当は、忍んでくるはずだったんだよ。仮にも夜這いだし。でも、付いてくると言って聞かなくてね。行動予定は伏せてあるし、突発的なものだからあまり危険はないと思うけど」

ロイドが窓から外を見れば、少し離れた所にいくつか人影が見える。軍服や制服姿ではなく、スーツなどの私服姿の男達は皆、第2皇子の騎士達だ。
優秀な警護がいるので、まあ、一応心配はいらないだろう―――――って、ちょっと待て。

いや、待て、そんなことより―――――

「ちょっと……殿下、今、さりげな〜く、問題発言……しませんでした?」

「どの辺が?」

「あのぉ……ここに来た用件をですねぇ、外にいるあの人達にも言ったんですかぁ?」

「そりゃあ、言わなきゃ納得しないだろう? 大丈夫、皆忠実な部下達だから私の言いつけに背いて邪魔などしないよ」

「いえ……その………何かが違うような……違わないような……」

どこまで、本当のことを話したのか分からないが、シュナイゼルのことだから尤もらしい口実でもつくっているのだろう。だが、勘のよい者なら、何か気付くに違いない。

これでまた、ロイドは、シュナイゼルの騎士達から睨まれることになりそうだ。もともとシュナイゼルがいつもロイドに対してこんな調子なので、普段から目の敵にされているのは知っている。他人がどう思おうが平気な人間でなければ、一日中、周囲に他人の目があるシュナイゼルの傍にい続けることなどできるはずもなかった。
つまり、そういう人物は鈍感なのか、それとも騒ぎが好きな性格なのか……。

(まあ、あの人たちの反応が面白そうだからいっかv)

楽しそうに目を細めたロイドは、後者に間違いなかった。






簡易ベッドが二人分の体重を受けて、ギシリときしむ。

「そんなことより、ロイド……・夜は短いのだから………」

するりと伸びてきたシュナイゼルの手がロイドの頬に触れ、髪をまさぐる。

「あのですねぇ、積極的なお誘いはありがたいんですが、ここ、他にも僕の部下達が泊まり込んでいるんですけどぉ……」

「ああ、それなら人払い済みだ」

「ああ…………そう………ですか」

そんなことだろうと思ってはいたが、権力の使い方が少しだけ違う方向へ向いている気がする。
もうすでに諦めモードに入っていたロイドは、溜息を一つつくとシュナイゼルの襟元に手を伸ばす。
ブラウスの第一ボタンに手をかけると呟いた。

「殿下のお部屋と違って、ここ壁薄いんですよねぇ」

「うん?」

「だから―――――なるべく声を上げないでくださいね、殿下」


にっこり笑ったロイドの指先が蠢くにつれ、シュナイゼルの白い肌が露わになっていった。















ベッドに仰向けに横たわった主の白い喉元で銀色の髪が揺れていた。ロイドが唇で首筋を辿るたびに、主は大きく息を吐き、仰け反る。

「死ねと命じて……素直に死ぬようなプライドのない騎士はいらないからね」

睦言にしては物騒な会話が続いていた。

「このエリアに古くからある武士道では、一度主君と定めたら、その個人ではなく、その『家』に生涯かけて、更には子々孫々まで忠義を尽くすそうだけれど、騎士たちは自分で自分だけの主を選ぶからね。……代が変われば離れていく騎士もいるだろうね」

会話の合間に吐息が洩れ、時折、小さく声が上がる。

「……主が選び、また主は選ばれる。だから――――その資質が問われる」

胸元に舌を這わせていたロイドが顔を上げた。

「ご自分には、その資質があるとおっしゃる?」

揶揄するように問うたロイドにシュナイゼルが、うっすらと微笑む。

「現実がすべてだよ」

確かに彼には現在5人の騎士がおり、そのいずれもが頭脳・容姿・武勲に優れた剛の者だった。そして、彼らはシュナイゼルに剣と心からの忠誠を捧げている。

「……だから、国家ではなく純粋に私に仕える騎士がほしい。それは皇族だけの特権だ。軍人ではあるけれど、その前に“彼”はユーフェミアの騎士となったんだから、主の命に従って、主の意図を汲んで動けるようにならなければならないだろう?」

「そんなこと言って、自分に逆らう者には容赦しないくせに」

ロイドの手が晒された脇腹を撫でると、シュナイゼルがひくりと肩を震わせた。主を追い詰めるように敏感な場所を愛撫していく。

「……逆らうならば、それなりの力とプライドを見せて欲しいだけだよ」

「あは、そんな命知らずな人、いませんてば」

「ん……っ」

肌を辿る指が胸の飾りを摘み、色鮮やかに染め上げた。呼吸を乱し始めた主の瞳が情欲に濡れるのを見て、ロイドが口元を緩めた。。

「彼自身がイレギュラーな存在なのだから……イレギュラーな事態が起こるのは……当然だろう……?」

薄く開かれた唇から零れるのは、甘い吐息と冷静な為政者の言葉。シュナイゼルは、ベッドの中でも2つの顔を持ち続ける。




「で、枢木スザク少佐は合格ですかぁ?」

その問いには答えず、シュナイゼルが曖昧に微笑した。




ロイドは冷静な為政者の顔をはぎとるべく、主の身体に没頭することにした。














「やはり不便だから、政庁近くに特派の宿舎を用意するよ」

僅かな時間を共に過ごした後、シュナイゼルが身支度をしながら言った。
どうやら、ここでの情事はあまりお気に召さなかったらしい。確かに、ここは狭いし、大勢のお供を連れての夜這いでは興がそがれるし、一人で抜け出すことが難しいと悟ったようだ。
もっと、早くに気付いて欲しいと内心思いながら、ロイドは言い返す。

「そんなことより、ランスロットの居場所確保が先ですってば!」

寝転がったままのロイドの必死の形相にシュナイゼルが目を丸くした。

「……わかった。では君のランスロットも一緒にね」

苦笑して、付け加えると、ロイドががばっと、ベッドから起き上がった。

「やったー! 僕の部屋はランスロットの格納庫がいいです!」

目を輝かせて、シュナイゼルの腰に抱きついたロイドの頭をかるく叩き、第2皇子は、きっぱりと告げた。

「いや……。それでは意味がないから、却下」

「えええーっ! 殿下、横暴ですよぉ!」

大げさに嘆き、シュナイゼルを非難するロイド。

「ロイド、私との逢瀬はランスロットの居場所にも劣るのかい?」

シュナイゼルが、口角を上げた。その笑顔は少し怖い。



「えーっとぉ………そんなことは………ない……こともない?」


しどろもどろになったロイドに、シュナイゼルが更に笑みを深くした。










end

2007/03/16





ぬるい。
R指定しようかどうか迷ったけど、ぬるすぎたのでやめときます。

殿下の我が儘は、我が儘に聞こえないので始末に負えません。