++駒と騎士++





「あー……なんか、暇だねぇ、セシルくん」

「なに呑気なこと言ってるんですか! ロイドさんがあんなこと言い出さなければ、今頃、充分な設備の整った場所でランスロットの調整ができたんですよ」

「えーでも、デヴァイサーの状態がさぁ……」



トウキョウ租界の街並みが車窓を流れていく。

ランスロットを乗せたトレーラーのハンドルを握るのはセシルだ。これから、アッシュフォード学園にいるスザクを迎えに行くところだった。
ロイドは、きれいに整備された租界の街並みを眺めながら、とりとめもなく思いついたことを口にして、その度にセシルにつっこまれていた。

金曜日の午後3時過ぎ、街には学校帰りの学生の姿や定時間際の商談に急ぐサラリーマンの姿があった。
東洋人と白人が混在する租界の街の風景は、ロイドの目にもすっかり慣れた光景だ。

「んん?」

流れゆく風景の中で、突然、ロイドが目の端に捉えた異質な存在―――――。
―――――トレーラーはすぐに通り過ぎてしまい、一瞬しか見えなかったが……・。


「なっ……!? ちょっ…どういうことぉ!? セシルくん!車止めて!!」
「は!? はいっ!」


タイヤが耳障りな音を立てて急停止する。シートベルトを締めていなかったロイドが、急ブレーキの衝撃で、座席の上でひっくり返った。

「どうしたんですか、急に」

妙に慌てた様子のロイドがずれた眼鏡を直しながら、ドアに手を掛けた。

「どうしたも、こうしたも……」
ブツブツ呟きながら、慌てて転がるようにトレーラーを降りて歩道に出ると、進行方向とは逆向きに走って行った。

セシルは呆気にとられて、ロイドの後ろ姿を目で追った。
普段、肉体労働に慣れていないせいか、走る姿も危うげだ。
前のめりになって、よたよたと転がりそうになりながら、何かを目指して一目散だ。

「ロイドさんが走ったところなんて、初めて見たかも……」

セシルは呆然と呟く。
ふと、ロイドを走らせたものが何なのか気になった。
車の窓から身を乗り出して後方を振り返り、ロイドの走っていった方向を見た。
そして、自分の視線の先にいる人物の姿に愕然とする。

「えっ……まさか……!」

街路樹の脇に立つその長身は、こんな場所にそんな格好で、一人でいて良い人物ではなかった。
同時に、セシルは自分の上司が慌てて駆けて行った理由に納得した。



―――無理もない。



その一言に尽きる。
セシルは、ため息をつきながら携帯電話を取り出した。














ロイドは、先ほど自分の視界に入った異質な存在―――――目当ての人物にようやく追いつき、自分の見たものが間違っていなかったことに安堵した―――のではなく、驚いた。

「殿……っいえ、あなた……なにやってんですかぁ!? こんなところで!」

目の前でぜーはーと荒い息をつぐ銀髪の青年に目を丸くしているのは、スラリとした肢体の長身を誇る金髪の青年だ。

タイ無しの白いスタンドカラーシャツにジャケット。無造作に掻き上げた前髪とノンフレーム眼鏡がいつもの彼とあまりにも違いすぎて、一見誰だかわからない。

「よく、わかったね」

にこやかに笑う金髪青年の身分を知るロイドは、呆れて物も言えない。

「わかるも何も………」

大した変装ではないのだが、日ごろの服装とのギャップが大きすぎて、全くの別人に見えるから不思議だ。よく見れば、白いシャツはシルクだし、精緻な模様が生地に織り込まれている。ジャケットに至っては、これまたオートクチュールの一点物に違いないと思える上質のものだ。
平日の昼間に、スーツ姿のイレブンや制服を着た学生に混じってこんな長身の見目麗しいブリタニア人がいたら、目立つことこの上ない。
案の定、通り過ぎる女子生徒や買い物に訪れている主婦達が振り返り、頬を染めてひそひそと囁きを交わしている。


神聖ブリタニア帝国第2皇子シュナイゼル・エル・ブリタニア。


ただの放蕩皇子様ならまだよかった……この人は、帝国宰相を務める世界屈指の超VIPだ。
ブリタニア帝国領とはいえ、エリア11のトウキョウ租界は安全とは言い難い。
テロリストやレジスタンスの標的に真っ先になってしまう人がこんな場所にいること自体間違っていると思う。
ロイドは、とっさに辺りを窺うようにして、何者かの気配を探す。
だが、この人がいるところには必ずつきまとう気配がない。

「あのぉ〜……ところで、親衛隊のみなさんは?」

まさかと思いながら、恐る恐る訊いてみた。

「ああ、撒いてきた」

「撒いて……って、何考えてるんですか………あなた……」

思い切り脱力したロイドに「心配はいらないよ。書き置きはしてあるし」と朗らかに答えた皇子殿下のその言葉は、さらにロイドを暗澹たる気持ちにさせた。

だが、突拍子もない殿下の行動に多少免疫があるロイドは立ち直りも早かった。
すぐに携帯電話を取りだし、ボタンを押す。

「――――あ、セシルくん? 悪いけどすぐにスザクくん呼び出してくれない? うん、大至急。――――え、あ、もう呼んでる? あ、そう………気付いてたの………。じゃあ、そういうわけだからよろしく」

「枢木スザクが来るのかい?」

「ええ、念のため。ランスロット動かせるようにしておきたいし」

「そう、じゃあ今のうちに失礼しようかな」

「はあ?」

そう言って再び歩き始めたシュナイゼルを慌ててロイドが留めた。
スザクをわざわざ呼び出すのは、殿下の警護を押しつけようと思っていたからなのだが、これでは、意味がない。

「ちょっ……と、どこへ行く気ですかぁ!?」

「だって、君のランスロットは目立ちすぎるから。こんな街中で起動させたらすぐに見つかってしまうだろう?」

見つかってしまう……というのは、シュナイゼル自身が、親衛隊に、である。

「目立っているのは、あなたの方ですってば!」

「そうかい?」

「僕も大概だと思いますけど、あなたほどじゃありませんよ。こんな昼間っから、遊び歩いているような人は貴族の放蕩息子ぐらいですって」

「じゃあ、君と一緒だね」

返事に困ったロイドは、悪びれもしない相変わらずの皇子様スマイルに眩暈がした。

「一応、こっちはこれでも仕事中なんですよ」

口をとがらせて文句を言ったロイドだったが、セシルが聞いたら、間違いなく即座に「だったら仕事してください!」とツッコミを入れただろう。

「そうじゃなくてですねぇ……」

「大丈夫、君ぐらい私一人でも守れるよ」

「いえ、そうじゃなく………」

部下が皇族に守ってもらうなど本末転倒だ。

確かにロイドよりも運動神経は遙かに良さそうだし、実際、剣技や射撃にも優れているとは聞いている。
国家の要人ならいざという時の危機管理演習も受けているだろう。
だが、そもそも要人の自覚があるならお忍びで警護も付けずに出歩いたりしない。

大きくため息をついたロイドは、もういろいろ馬鹿馬鹿しくなってしまったので、諦めることにした。
何かあったとき、怒られるのは、殿下に撒かれた親衛隊であって自分ではない。
そもそも殿下が悪いのだから、自業自得だ。

「………丸腰の人に言われたくないです」

「君が持っているのを貸してくれればいいよ」

「……銃なんて持ってませんよ」

「あ、そうなのかい?」

シュナイゼルが不思議そうな顔をした。

「当たらないのにあんな重くて邪魔な物、持っていたって意味ないでしょ」

仮にも軍属である者が威張って言う台詞ではない。
思わず吹き出しそうになるのを堪えて、シュナイゼルがロイドの肩を叩いた。

「まあ、誰にも得手不得手というものはあるというしね」




「……もう、いいです」




がっくりと肩を落としたロイドが呟いた。
















ビルの谷間にある中庭のような小さな公園。
ベンチに腰掛けて優雅に足を組むシュナイゼルと、だらしくなく椅子の背にもたれるロイドの取り合わせが珍妙だ。
梢が風に揺れ、子ども達の帰宅を促す母親の声が聞こえる。のどかな街の風景だ。
公園の出口がある道路には、ランスロットを乗せたトレーラーがパイロットの到着を待っていた。

「あれ、ランスロットが乗っているのかい? どこかへ搬送途中かな」

木々の向こうに見える大型トレーラーに目をやって、シュナイゼルが言った。

「いやあ、ランスロットごと追い出されちゃってですねぇ。今は大学にお世話になってるんですよ」

「なんだ、私の特派は意外と世渡り下手が揃ってしまったのかな。可哀想に…………。コーネリアも中々手厳しいな」

口では同情しながら、楽しそうに笑うシュナイゼルにロイドは子どものように頬を膨らませた。

「可哀想だと思うなら、笑ってないで何とかしてくださいよ〜」

「はは、家を追い出された子供みたいじゃないか」

愉しそうに笑うシュナイゼルは、こうして見ると、とても大帝国の宰相閣下には思えない。
宮廷服姿を見慣れたロイドには、シュナイゼルの私服姿が新鮮だった。つい、相手が超VIPだということを忘れてしまいそうになる。
だが、シュナイゼルの発言はやはり一般庶民の感覚とも、一応伯爵位を持つ貴族の自分とも大きくかけ離れていることにすぐに気付くことになる。

「僕たち、一応、殿下の特派なんですよ」

「わかっているよ」

「釣った魚には餌をちゃんとあげましょうよ」

これは、かなり率直なおねだりだった。
ロイドの言葉に苦笑したシュナイゼルが、思いついたように口を開く。

「仕方ないね。じゃあ、あれをあげよう」

「は? あれ?」

「一応、式根島で可動テスト代わりの実戦は経験したしね。君たちの新しい住処にしたらいい」

「ひょっとして!」
ロイドが大仰に目を見開く。

「アヴァロンですかぁ!!」

鷹揚に頷いたシュナイゼルは、膝の上で手を組んで、横で飛び跳ねている男を見上げた。

嬉々として叫んだロイドが「お〜め〜でーと〜!!」と奇声を上げて飛び上がる。

戦艦1隻を軽く「あげる」と言う感覚はやはり一般庶民ではあり得ない。皇族の中でも、自由に軍の財産を動かせる権力を持った者の発言だった。

「これは、ぼくがおねだりしたものじゃないですからね〜v 返せと言ってももう返せませんよぉ」

ガッツポーズで宣言したロイドにシュナイゼルが苦笑を洩らす。

「言わないよ。もともと特派が開発したものだ。君たちが使ってくれた方がいいからね。それに……」

ふいに言葉を句切ったので、訝しげにロイドが振り向く。

「これから、白の騎士にはあれが必要になる」

シュナイゼルの感情を窺わせない瞳が、じっとトレーラーの方を見ていた。
何か予言めいた言葉に、はしゃいでいたロイドが急に押し黙った。
ずれた眼鏡を直し、眉根を寄せてシュナイゼルに迫る。

「殿下、また何か企んでるでしょ」

「企むだなんて心外だな。君らの功績を考えればこその投資だよ」

「本当ですかぁ〜?」

思い切り怪しい。

「投資じゃなくて布石じゃないですか? 駒かも知れないケド」

眼鏡の奥で瞳を光らせたロイドの直截な物言いにシュナイゼルが曖昧に微笑した。

やはりこの人は、国を動かす人間特有の威厳と知性としたたかさを併せ持つ人だった。
ロイドは、あまりにのどかな場所で、宰相閣下との戯れのような言葉遊びに、それを失念していたことに気付いた。

「まあ、どっちでもいいですけど……」

シュナイゼルの顔を横目で見て、ロイドはそう嘯いた。













陽は傾きつつあった。
二人の影が長く伸び、いつの間にか子供達の気配も周囲から消えている。


「アレ?」
「おや?」

急に騒がしくなった周囲に二人は顔を上げた。

「やれやれ、見つかってしまったじゃないか」

「こっちも……ランスロットがようやく動かせるようになったのにー。ざぁんねんでした〜」

枢木スザクの到着と同時に、シュナイゼルの騎士達が主の居場所を突き止めたようだ。
軍の車両が公園外の路上に慌ただしく停車し、わらわらと軍人たちが出てきて周囲を警戒する。
その軍人達の列の間を1台の黒塗りの高級車が抜けて公園出口の前で静かに停車した。

「あらら……ご登場ですよ、あなたの忠義者が」

いなくなった皇子を必死に探し回っていただろうバトレー将軍が、車内から憔悴しきった顔で現れ、園内のベンチにのんびり腰掛けている目当ての人物を見つけるなり、踊るようにこちらに向かって駆け出した。その後を整然と、やや駆け足で騎士達が続く。

その様子を遠目に見ながら、ロイドがふと呟いた。

「ねえ、殿下。駒と騎士とどっちが強いですかねぇ」





風がそよぎ、木々を揺らす。
金色と銀色―――二人の髪を風がやさしく撫でていく。




「―――騎士は馬がいないと早く駆けることができないし、馬だけでは戦えないからね。ロイドの質問はいつも難しいな……」




シュナイゼルは、眼鏡をはずし、胸ポケットにしまうと、静かに立ち上がった。



西の空はオレンジ色に染まりつつある。
トウキョウ租界の上空は珍しく快晴だった。今日は、夕日に映える富士鉱山がよく見えることだろう。



のどかな一日に終わりを告げる足音が近づいてきている。



その足音に浅く息を吐き、シュナイゼルは迎えの車に向かって歩き出した。

















「嘘ばっかり。もう答えは出ているくせに」

去っていく男の背を見つめながら、ロイドは心の中で呟いた。











End

2007/03/13





殿下の私服といえば、ロイドの正装みたいな貴族っぽい服装なんだろうけど、もっと庶民的な服装ってどんなのだろう?…………とか、考えてみました。
ローマの休日、もとい、租界の休日。

ある意味デートとも言えます。


殿下が前髪上げていると、まるで別人なんじゃないかって思いました。
誰か描いてくれないかな。ヴィジュアルで見てみたい。
クワトロと逆シャアくらいのギャップがあると嬉しい……。(オールバック萌え)
殿下の場合は、オールバックじゃなくて、無造作に掻き上げた程度ッてコトで。
(完全にオールバックにすると、老けて見えるから却下)


ロイシュナを書くたびに思うんですが、シュナロイでもいい気がしてきました。



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