++手袋++





トウキョウ租界にあるブリタニア政庁で、キュウシュウブロック奪還が無事終わったとの報告をシュナイゼルと共に受けたダールトンは、いつもの厳しい表情を少しだけ緩めた。

「そうか、成功したか」

「はい。殿下のご提案が冴え渡りましたな。各国の動きもそれほどなく、安堵しました。いつもながら、殿下のご采配には感服いたします」

政庁にある一室で、シュナイゼルは机に向かいダールトンの賛辞を受けていた。側近であるバトレー将軍は、別の用件を言いつけて席を外させている。
部屋には、二人だけだったが、扉の外にはダールトンの部下が厳重に第2皇子の警護にあたっていた。

「コーネリアの先生から褒められるとは光栄だよ。――――だが、まだ問題はある」

「黒の騎士団―――ですか?」

「そうだね、コーネリアも手を焼いているようだ。私も例の彼に会ったよ」

「ゼロにですか!?」

「ああ、なかなか手強いようだね、彼らは……いや、彼は」

不敵な表情で笑みを洩らし、何かを思い出している様子の第2皇子の姿に、ダールトンの胸に不安がよぎった。

「まさか、宰相閣下御自らエリア11にお越しなられたのは……総督の統治能力に……!」

「ダールトン」
声を荒げたダールトンを手で制して、シュナイゼルが穏やかな声で名を呼んだ。

「エリア11のことに関しては、総督のコーネリアの仕事に私は口を出すつもりはないよ。今回は別件でちょっと用があってね。トウキョウ租界に立ち寄ったら、たまたまキュウシュウブロックでの戦役が勃発してしまったからね」

ほっと胸を撫で下ろしたダールトンの視界に、机の上のシュナイゼルの手が映った。
白い手袋に包まれた長い指が優雅に組まれている。
他の皇族の例に漏れずシュナイゼルも皇族服の際は必ず手袋を着用する。それが外されるのは、プライヴェートの時だけだ。

「コーネリアには戦闘に集中してもらいたいし、さすがにEU連合の動きまで抑える余裕はないだろう。カンボジアのトロモ機関への根回しもね。そっちは私の仕事だと思ったから手を出したまでだよ」

穏やかな口調で語るシュナイゼルの声は、聞く者を安堵させる。
皇族の声というのは不思議と他者を引き寄せる磁力を持つようだ。
皇帝をはじめ、シュナイゼル、そしてコーネリアなど、ブリタニア帝国の中でも重要な地位にいる皇族の声は、それぞれ違う特性の声で他者を圧倒する。

「ああ、でも、君たちのプライドを傷つけたなら申し訳なかった。 だが――――分かってもらえると思うが、ここエリア11はサクラダイトの世界最大の産出地であり、極東の重要拠点だ。他国の介入を許すわけにはいかないからね。口実や機会を与えることすら危うい」

「承知しております」

軽く一礼したダールトンは、穏やかな口調でありながら、冷静な判断と正論で私情を入れないシュナイゼルの言葉に一種の畏怖のようなものを感じた。
自分が他の人間に対して畏怖を抱くなど、ブリタニア皇帝に対して以来のことだ。

整った容貌、洗練された物腰、穏やかな口調と視線に周囲は彼の本質を見誤っているような気がする。
それとも、これは彼自身が意図して作り上げた偶像だろうか。

私情を廃し、政治的な局面では有無を言わせぬほどの説得力を持つ言葉と、混乱した状況下での優れた判断は、第2皇子でありながら帝国宰相の地位にいるシュナイゼルならではのものだ。
第1皇子は穏やかで凡庸な性格故か、政治の世界には向かなかったらしい。
はるかに年下のシュナイゼルに周囲の期待と視線が集中することは無理からぬことだった。

「それにしても、忙しい一日だったな」

シュナイゼルが軽く息を吐く。

「お疲れでしょう。すぐに宿舎へご案内いたします」

「ああ、そうだね。連絡を受けてからこっち慌ただしかったからね。さすがに少し疲れたかな」
両手にはめた白い手袋をはずし、前髪を掻き上げた。

「警護の都合もありますので、手狭ではありますが、政庁の一室にご用意させていただきます」

「ああ、コーネリアの留守中に私が総督公邸へ入るのは気が引けるからね」

ダールトンが返答に窮した。
シュナイゼルの気遣いは有り難いが、できればこうした配慮が必要だとは気付いて欲しくなかった。
コーネリアの留守中に総督公邸に第2皇子が入ったとなれば、貴族たちや世論はエリア11の統治に宰相自ら乗り出したと考えるだろう。
ダールトンは、敬愛するコーネリアの立場を考えれば、そうした誤解を招くことはしたくなかった。

そうした、現総督の部下達の配慮をシュナイゼルはちゃんと気付いている。
それでいて、ダールトンやコーネリアの側近達を緊張させる一言を吐いてくれるのだから始末に負えない。

実は、シュナイゼルの来訪は、コーネリアの指揮下の政庁を預かる者としては相当のプレッシャーだった。

ただの皇子ならば怖れることはない。
それが第2皇子であるからこそ問題なのだ。

ブリタニア皇帝に次ぐ実力と権力の持ち主……それが、ダールトンの心に緊張と不安を強いる。
穏やかな笑顔にだまされる無能な者は幸せだ。たとえば、バトレー将軍など、命の恩人でもあるシュナイゼルに心酔しきっている。
亡くなった弟皇子クロヴィスの側近だったバトレーを復帰させ、自分の傍に置いたシュナイゼルの行動を訝る者はほとんどいないだろう。同腹の兄弟なのだから、亡き弟の思い出を語る相手としては適当だ――――と誰もが考えるだろう。

だが、シュナイゼルの冷静な『宰相』という一面を知るダールトンにとっては、意外な行動に思えてしかなかった。
今回のエリア11来訪も、亡き弟が統治していた場所を見ておきたかったといえば聞こえはいいが――――。

(ゼロと会った……? 一体どこで?)

先ほどのシュナイゼルの言葉を思い出す。
シキネ島のブリタニア軍駐留基地が黒の騎士団に襲撃されたと報告を受けている。その際、シュナイゼルの浮遊航空艦アヴァロンが敵を追い払ったことも聞いている。そして、その時、特派の枢木スザクの軍規違反があり、それをシュナイゼルが穏便に処理したことも……。

(殿下は、何のためにあの島へ……?)

いろいろ考えなければならないことが多すぎる。



「ダールトン?どうした」



自分の思考に深く沈み込みかけていたダールトンは名を呼ばれて、我に返った。

「は、……いえ、そういえば、殿下の騎士達は……」
慌てて、その場を取り繕うため、気に掛かっていたことを口にしてみた。

「ああ、一応ここはコーネリアのための舞台だからね。自粛するよう言ってあるよ」

「ですが、御身の安全を守る者たちを遠くに置いては、万が一何かあった時に―――」
ダールトンが皆まで言う前にシュナイゼルが口を開く。



「エリア11攻略戦で武勇を鳴らしたダールトン将軍が私の傍にいるのに?」



シュナイゼルの静かな瞳がダールトンに向けられた。



「殿下……」



口元に穏やかな微笑を湛えてはいるが、視線はダールトンの心を見透かすように冷静だ。




「いや―――今はコーネリアの騎士だったね。コーネリア以外の者を守るのは本意ではない?」


揶揄するようなシュナイゼルの言葉にダールトンが動揺した。


「殿下!」

つい、声を上げてしまい歯噛みする。
「そんなことはない」と一言、言えればいいのに、それができない。
過去に一瞬だけ彼が見せた寂しげな瞳が脳裏から離れないからだ。


だが、今は彼の蠱惑的な微笑から目が離せない。

視線だけで身動きの取れなくなった男にシュナイゼルが手を伸ばす。




「その傷は、誰のために――――?」




囁くような声とともに白い指が眼前にひらめく。

その指は男の顔に刻まれた大きな傷跡に触れ、斜めに切り裂かれたよな痕跡に沿滑る。

やさしく慈しむように触れるシュナイゼルの素肌の指が異様に冷たい。

そのことに気付いたダールトンの背に冷たい汗が流れた。

背筋に伝わる汗と、震えるような感覚に握りしめた拳が揺れる。

傷を辿っていた冷たい指先が乾いた唇に触れ、

もう片方の手は、握りしめた男の拳に触れ、作り物のように端正な顔が近づく。



シュナイゼルのセレストブルーの瞳は、コーネリアの瞳とは違う色だ。





透明で、何もかも見透かすようで、冷たくて―――――。





震える男の拳を冷たい手のひらが包む。

ぞくり、
としてダールトンは、きつく眼を瞑り、大きく息を吸い込んだ。。




「宰相閣下!!」




唇が触れる寸前で、顔を背けた。

乱れた呼吸は、声を荒げたせいだ。
早鐘のように打つ心臓も、きっとそのせいだとダールトンは思い込もうとした。

深く息を吐き、ぎゅっと握りしめたままの男の手からシュナイゼルの指が離れていく。








「お前は…………いつも肝心なところで突き放す」








顔を逸らしたせいで、シュナイゼルの表情はわからなかった。
だが、溜息のような言葉に含まれた某かの想いに気付かないほどダールトンは鈍くもない。

それでも、その想いに応えることは、今となっては出来るはずもなかった。


「シュナイゼル殿下……」


きつく眼を瞑ったままの男の苦渋に満ちた低い声に、シュナイゼルの溜息が重なる。
衣擦れの音が遠ざかり、シュナイゼルが身体を離したとダールトンは知った。





「………戯れが過ぎたようだな。 もう、休む」

シュナイゼルが身を翻し、部屋の扉へと向かう。

その言葉にダールトンが、はっと振り向いたが、シュナイゼルは、振り返らず言った。



「案内は別の者に頼むからいいよ。 君も下がりなさい」



もう、いつもと同じシュナイゼルだ。
穏やかな言葉で、ダールトンの労をねぎらう。







ダールトンは、ただ、その後ろ姿を見送り、深く頭を下げることしかできなかった。












仮初めの主が消えた部屋で、
男は、机の上に残された白い手袋を見つめ、立ち尽くした。

























「我が君、手袋はいかがなさいました? すぐに替えをお持ちいたしましょうか?」

シュナイゼルは部屋を出たところで、用件を済ませて戻ってきたバトレーと鉢合わせた。
バトレーは、主の後を追ってせかせかと歩きながら、一通りの報告をするとそう尋ねたのだ。

意外に細かいところに気付くものだと、シュナイゼル別の意味で感心する。



そして、『我が君』と呼ばせたかった男のことを脳裏に浮かべ、自嘲気味に笑う。



「ああ、置いてきた。………薄情者のところにね」


「……は?」


「戯れ言だよ」





薄く笑んだ口元から、洩れた吐息にバトレーは気付くことはなかった。










End

2007/03/12






念願のダールトン×シュナイゼルです!
うおおおおーっ、書いていて萌える萌える!
妄想は止まることを知りません。
殿下がタラすのは、何も女性に限ったことじゃあございません。
たぶん、二人の間には、いろいろ過去にあったんじゃないかと。(捏造)

優秀な人材を手元に残したいと考えた殿下がダールトンを見逃すはずがないと思ったので。
幼いコーネリアに軍略の手ほどきをしたダールトンに、シュナイゼルが異母兄弟の誼で教えを受けたとしても別におかしくないよね!(妄想暴走)



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