支配の証 〜断章〜


「DressCode」で語られなかった部分のお話です。






中華連邦外相との密談の後、皇帝に呼び出されたシュナイゼルは、ただ一人、その部屋へ向かって歩いていた。

皇帝がいつもシュナイゼルを呼び出す部屋だ。
静まりかえった廊下にシュナイゼルの足音だけが響く。
そして、その部屋の前に佇む黒い影が一つ。待ちかまえていたのは、皇帝の側近だ。
恭しく一礼されて、部屋の中へと促された。

皇帝の側近達は、皆、覆面をしており、その顔も表情もわからない。
黒い衣服に身を包み、皇帝の影のように常に傍に控えている。
皇帝の命令には絶対服従。皇帝の命令以外は、絶対にきくことはない。
それは、たとえ皇族であっても……もちろん、宰相であるシュナイゼルの言葉でもだ。

夜半に呼び出されることは、シュナイゼルにとって珍しいことではない。一分一秒ごとに変化する国際情勢に対処するために、緊急を要する案件の決裁を求めて皇帝への謁見を求めることもある。そして、逆に皇帝から呼び出されるとことも宰相という立場上、よくあることだった。

皇帝の命令に逆らえる者など、この国にいるわけがない。

服従か死か。

それは、皇族といえど、同じだ。
常に皇帝の息を感じ、視線を感じ、支配されていることを強く感じている。

支配する者と、支配される者。

帝国の内政と外交を一手に預かる宰相が、それを痛感する一瞬が皇帝の力というものを目の前にしている時だ。
皇帝を父親として見たことなど一度もない。



その部屋には、豪奢な天蓋付きの寝台が一つ。
だが、ここは皇帝の居室ではない。当の主の姿は見当たらないからだ。
そこに居たのは、案内とは別の黒装束の者が三人。
それもいつものことなのか、シュナイゼルは、ある種の諦観を込めた吐息を洩らす。

「陛下は?」

「後ほどおいでに。それまで、我らがお相手を仕ります」

いつもと決まった問いの後、いつも通りの答えが返ってくる。
だが、呼び出した本人が現れることは、一度としてなかった。

自分の手を一切使わずに、シュナイゼルの身体から恭しく衣服が取り除かれていく。
手首を白絹で戒められ、目隠しをされて、覆面の男達に陵辱されている間も、シュナイゼルが感じているのは、皇帝の視線だ。

皇位に挑むシュナイゼルに対し、力の差を思い知らせるためとはいえ、あの男は、自分の手を汚すことすらしない。

皇帝の言葉通りに、シュナイゼルを抱く男達の手が、体中を這い回る。
できるだけ、声を上げないように堪えても、馴らされた身体は、次第に自分の抑制下から外れていく。
だが、身体は敏感に反応しても、心は冷めたままだ。
すでに三人の男達が出入りした内壁は、熱く潤み、更なる刺激を求め、浅ましく蠕動する。おそらく、最初の侵入を拒むことなく受け入れた身体から、劉外相との関係も分かってしまったことだろう。それらは、必ず皇帝の耳に入る。

そうして、シュナイゼルは、宰相としての手札を全て暴かれる。なんとも悪趣味なことだ。

支配される心と、支配を望む心。

醜悪で、浅ましい人間の欲望。

強き者が弱き者を支配する構図。

この世界の縮図がここにはあった。



気がつけば、空が白み始めていた。
身体はいつの間にか綺麗に拭われていて、男達は姿を消していた。
体中が重く、鈍い痛みに苛まれていたが、夜が明ける前には戻らなければならない。
国際会議は昨日で終了したが、今日の午前中には帰国する各国の代表を見送らなければならない。午後も公務があって、夜からは公爵家の夜会に招かれている。

疲れた身体に鞭打つようにして、ようやく身体を起こすことが出来たシュナイゼルは、着替えを手伝わせるために、昨夜から扉の外で控えている者を呼ぶ。
深々と一礼して入ってきた黒装束の男は、無言のまま、シュナイゼルに皇族服を差し出し、慣れた手つきで着付けをしていく。最後に襟の高いテイルコートに袖を通そうとして、シュナイゼルの身体が急な痛みに揺らいだ。

「……ッ」

とっさに黒い手がシュナイゼルの身体を支える。
男の表情は覆面の下に隠されて分からない。

「ご無理をなさいますな」

霞む意識の中で、小さく囁かれた言葉にシュナイゼルが、目を見開く。

次の瞬間、静かな室内に打擲音が鳴り響いた。

「無礼者」

静かな怒りがシュナイゼルの瞳にあった。
頬を叩かれた男の黒い布が衝撃で揺れたが、それだけだった。

男は、再び深く頭を垂れ、シュナイゼルに白い手袋を差し出した。

夜の間中、柔らかな絹地で縛られていた手首だったが、激しく身悶えたせいか擦れてジクリと痛む。はっきりと残った痣は、それ自身が皇帝の支配の証であるかのようにシュナイゼルには思えた。


毅然と背筋を伸ばしたシュナイゼルは、無表情にその痣を見下ろし、恭しく差し出された手袋を受け取った。






End
2007/05/03