++戯れ++



「でーんか」

浮遊航空艦アヴァロン内にあるナイトメアの格納庫。
調整作業中のロイドは階下に久しぶりに会った人物の姿を見つけて声を掛けた。
その人物は、側近のバトレー将軍に何か指示をしているらしく、こちらに気付かない。
ロイドは作業用のタワーの上で仕事をしているし、工具類の出す音が賑やかなので、気付かないのも無理はない。

ロイドは手すりにだらりと身体を預けたまま、眼下の人物を眺めた。
白と紫を基調とした宮廷服に淡い金髪が良く映える。
襟の高い上着と背面の黒いテイルが甘くなりがちな雰囲気にシャープさを加味している。
本来ならば『宰相閣下』と呼びかけるのが正しいのかもしれないが、ロイドにとって、彼は昔から『殿下』だった。

「あ、セシル君、ここちょっとお願い」
調整中のランスロットを部下に任せると、梯子を降りて自分よりも遙かに背の高いアヴァロンの主に歩み寄った。

「やだな、知らんぷりしないでくださいよ」

その声にようやく相手が気付き、振り返る。
ロイドの顔を認めると、ロイドの主―――神聖ブリタニア帝国第2皇子シュナイゼルは、誰もが見惚れる笑顔でにっこりと微笑んだ。

「やあ、ランスロットの調子はどうだい?」

「僕のランスロットはいつも絶好調ですよv」

相変わらず軽口を叩きながら、へらへらと笑うロイドに対して、背後のバトレーが渋い顔をして睨む。
その視線を物ともせず、ロイドは「そんなことより……」と会話を続けた。
「あれ、どうなりました?」

珍しくロイドの方から寄ってきたかと思えば、目を輝かせて期待に満ちた眼差しを送ってくる。
「あれ」の心当たりがあるシュナイゼルは苦笑して、書類の束を渡した。
1冊の本ほどの厚さがあるそれをわざと畏まって受け取ったロイドは、嬉々としてその場でページを捲った。
ロイドは手渡された書類の束を、すさまじいスピードで捲って、目当てのページを開く。
こんな顔見たことがないと周囲の者が思うほど真剣な眼差しで、食い入るように書面の細かい数字を追っていくこと約1分。ぷはっと息を吐いて、ようやく顔を上げた。

「あは!これって内示ですよね」

嬉しそうな声で問い掛けたロイドにシュナイゼルは呆れたように言った。
「一応ね」

「例の“あれ”、開発の予算が付いたも同然ってことですよね!」

書類の束は、特派の兵器開発計画に関する予算書の内示資料だった。
この資料を基に皇帝の許可が出れば、念願の“あれ”の開発に踏み切れることもあり、ロイドは上機嫌だった。
ただ、皇帝が一言「ノー」といえば、それでお終いだということを言おうかどうか迷ったシュナイゼルだが、自分の采配次第でどうとでもなることも知っていた。こういう時に役に立つのが宰相という地位だ。結局、楽しそうに予算書(案)を眺めるロイドの機嫌に水を差すのも如何なものかと思い、黙っていることにした。

「んん!?でも、ここの数字が……」

「うん?」

突然、訝しげな声を上げたロイドにシュナイゼルが近寄る。ロイドの肩口から覗き込むように顔を寄せて、指し示された箇所を見た。

「この金額、査定後の数字ですよねぇ。これじゃ厳しいですよ」

「君の要求額が論外な数字だったんだよ。財務担当が理性的な数字にしたんだろう」

「まるで私が理性的じゃないようなお言葉じゃないですか。心外だなぁ」

「だって君はいつもそうだろう。切られるのが分かっているのなら、初めから適正な要求額を計上したまえ」

「あっ……ここも!」
シュナイゼルの苦言を聞いているのかいないのか、まだ他に気にかかる箇所があるようで、ロイドが再び書類とにらめっこを始めてしまった。

髪が触れるほど近くでロイドと同じ予算内示書を見ていたシュナイゼルが、細い指先で数字を差し示しながらあれこれと指摘を始めた。

「だから、開発費を優先的に確保した分、ここの経常経費が削られているだろう?」

「あー、本当ですねぇ。いやあ、中々、思うようにはいきませんね」

「特派の……いや、君のお遊び予算だと思われているのかもしれないな」

くすり、と忍び笑いを洩らすシュナイゼルの横顔を間近で見て、ロイドが「酷いなあ」とぼやく。
互いの肩が触れているせいか、笑う気配がすぐに相手に知られてしまう。

「いや、私が思っているわけじゃないよ」

「分かってますよ。ここまで予算が獲得できたのは、殿下のおかげですって。感謝してます」

二人の様子を上から見ていたセシルは、驚くと共に内心呆れていた。
(……いつもあの調子なのかしら?)
自分の上司はいつも、誰に対しても、へらへらしているが、まさか第2皇子殿下にまで同様の……いや、下手をするといつも以上の緩みっぷりだとは思わなかった。

更に、皇族と臣下としてはあり得ない距離で普通に会話する二人に気が気でない人物がセシル以外にもいた。

「アスプルンド伯!殿下に対し無礼であろう!?」

突然、仲睦まじい様子(?)の二人の背後から、金切り声が聞こえた。 
バトレー将軍だ。
二人が何事かと振り向き、相手が額から汗を浮かべているバトレーだとわかると、ロイドが軽く眉を顰めて、肩をすくめ、その横でシュナイゼルが首を傾げている。

「無礼って言われてもですねぇ……」

「どうしたね、バトレー?何か気に障ることでも?」

「我が君……もう少し、上下のけじめというものを……」

うんざりしたような表情を隠すことなく、ロイドがその場で足を組んで頭を掻く。
すっかり禿げ上がった額の汗を拭きながら、ロイドに対してお説教を始めようとしたバトレーをシュナイゼルが手振りで制す。

「わかった、わかった。後は向こうで聞くよ。――――ああ、君は作業に戻りたまえ」

さりげなく、ロイドに助け船を出し、まだ不満げなバトレーを追い立てるようにして踵を返した。
去り際にロイドの肩に手をかけ、耳元に唇を寄せると、その仕草にバトレーの眉が更につり上がる。それを目の端に捉えて、シュナイゼルが小さな声で囁く。

「続きは私の部屋で」

ロイドが軽く目を見開き、眼鏡の奥で目を細めた。
シュナイゼルもバトレーをからかうのが楽しいらしい。
人の良さそうな顔をして、案外、性悪な『我が君』のことをバトレーはあまりわかっていないようだ。
ロイドが知っているシュナイゼルの裏の顔を他の者が知ったら、どう思うだろうか。
ロイドの口元に酷薄な笑みが浮かぶ。

格納庫を出ようとしたシュナイゼルが、ふと足を止めた。振り返ると、ロイドの手の中の書類を指差して言った。

「一応、まだ部外秘だからね。見終わったら返しにおいで」

後でロイドがシュナイゼルの部屋を訪れる口実までちゃんと作ってくれている。
ここまでお膳立てされたら、彼の望みに応えないと怖いことになりそうだ。

ロイドは「はあい」と間延びした返事をして、またバトレーに睨まれた。







end



人目も憚らずいちゃいちゃするロイシュナが書きたかったんです。
やんわりと突き放したり、気まぐれに構ってみたり。
殿下は、性悪なタラシだなぁ。
バトレーが少しだけかわいそうな気もする(笑)。

2007/03/11


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