| 兄*兄 あにあに 「シュナイゼル……っ、やめなさい」 「兄上……いけませんか?」 「駄目だろう……こんなこと」 「どうして?」 深いアメジストの瞳が至近距離で澄んだ水色の瞳を見つめている。 「どうして……って、そんな顔をされると私は弱いって知っているだろう?」 「義姉上に気が引けるからですか?」 兄の膝の上にのりかかるように迫るシュナイゼルにオデュッセウスは困ったように眉を下げた。 「あれは、関係ないよ。そういう君こそ、奥方に……」 言葉が途切れたのは、口づけられたせいだ。シュナイゼルの手が、オデュッセウスの頬に伸び、頭を抱えるようにして無理矢理唇を塞ぐ。 「兄上、お髭がくすぐったいですよ」 クスリと悪戯っ子のような笑みを洩らし、再び唇をついばんだ。 「シュナイゼル……全く君は……」 オデュッセウスが呆れたように言う間にもシュナイゼルの手が兄のスカーフを緩め始めていた。 「こら、駄目だと言っているだろう」 シュナイゼルの手を押さえて少しだけ厳しい顔をした。その顔を見て、シュナイゼルが怒られた子供のように悄然として手を止めた。 「わかりましたよ……」 拗ねたように呟いたシュナイゼルは、溜息をついて兄の顔を見た。聡明な帝国宰相が、ただ一人第一皇子の前だけでは子供っぽい態度を取るなど誰がそうぞうできようか。 「せっかく侍従も下がらせて二人きりになれたのに、つれないですね。兄上」 「こんなことのために彼らを下がらせたのか」 「いけませんか?」 「いや、悪いと言っているわけでは……」 「ならば、よろしいじゃありませんか。私だって、たまには臣下の目を気にせず、兄上に甘えたいのですよ」 「いつも気にしていないだろう……?」 オデュッセウスは困ったように眉間に皺を寄せて溜息をついた。 誰にでも優しく穏やかな笑みを絶やさない反面、政治的な局面では私情を廃す帝国宰相シュナイゼルが、オデュッセウスの前では我が儘を言い、兄を困らせるようなことを平気でするし、素直に感情を顔に出すのだ。 普段の宰相としての顔しか知らない者が今のシュナイゼルを見たら、唖然とすることだろう。 「どうかしたのかい?今日の君はまるで……」 その言葉を遮るようにシュナイゼルが兄の肩に手を置く。 そのまま子供が抱きつくようにオデュッセウスの首に腕を回すと、抱き寄せるように、兄の肩口に顔を埋めた。 「エリア11の新総督に……」 顔を埋めたまま、シュナイゼルが小さく呟いた。 「……クロヴィスが名乗りを上げました」 その言葉にオデュッセウスが目を見開き、そして、静かに目を閉じた。 「そうか……陛下に直接奏上したんだな」 オデュッセウスが深く息を吐く。顔を上げない弟の髪をやさしく撫でた。 「――――君は、優しい子だね」 慰めるような言葉は、すぐシュナイゼルの危惧することを知ってか、多くの弟妹達の行く末を憂えてのことか。 クロヴィスの性格を良く知る兄たち―――シュナイゼルとオデュッセウスは、弟が占領統治に向かないことを十分理解していた。 権力闘争の結果、亡くした幼い弟と妹のことが胸をよぎる。あの子達を救うことの出来なかった自分は、再び同じことを繰り返しているのではないかとオデュッセウスは思う。 じっとされるままになっていたシュナイゼルが、ようやく顔を上げた。落ち着いた表情はもういつもの頼もしい宰相の顔だ。 「大丈夫……だよ。ああ、いや、私が言ってもあまり説得力がないかもしれないが、君がクロヴィスのことを案じているのなら大丈夫だ」 少し気弱そうなオデュッセウスの発言にシュナイゼルが不思議そうな顔をして、兄の顔を見つめた。 弟の頬に手を伸ばしてやさしく触れて、オデュッセウスは苦笑した。 「だって、君が何の策も講じずにあの子を彼の地へ送り出すことなんてないだろう? 保険は、例のアスプルンド伯爵家の秘蔵っ子かい?」 シュナイゼルが、軽く目を瞠り、すぐに切なげに微笑した。 「……彼の……いえ、彼らの出番がないことを祈るばかりですが……」 「技術部だったかな。確かに試験運用とはいえ、機会がなければテストの数値も出ないだろうからね。―――つまり、君は……エリア11がいずれ、戦闘状態になると考えているわけか……」 オデュッセウスの声が幾分強ばった。 弟の身を案じる一方で、技術部の試験運用の場所としてクロヴィスの統治することになる地を選んだシュナイゼル。 どんな時でも、私情よりも国家の利益を優先し、合理的な判断をするシュナイゼルの真似など到底出来ないとオデュッセウスは思った。 すぐ目の前にいる美しい弟と自分の間には、大きな隔たりがあることを一番上の兄は、改めて感じたのだった。 了 ギアスターボ2での無料配布本(ペーパー)より。 兄兄……シリーズ化したい。気弱でお髭で水色の瞳がめちゃめちゃ可愛いお兄さまと、向かうところ敵なしの襲い受けお兄さまのお話がいろいろ読みたいです……。 |