「大円蓋の月 Veliaht Prenses−皇女の冠−」 SAMPLE ++ 1 ++ 三国軍事同盟会議が開催される三週間前。マフムートたちが、まだウラド王国から帰国していない頃の出来事である。 トルキエ将国首都、金色の町(アルトゥン)。交易の中心地であり、昼夜を問わず様々な交易品が取引され、遠い外国からの商品を扱う問屋や小売店が軒を連ねる。穀類から織物、薬草に至るまでその種類は数千種にも及ぶ。絶えず人が行き交うこの町では、揉め事や騒動などは日常茶飯事だ。 その日も朝早くから、とある交易品を扱う商家が立ち並ぶ路地の一角で小さな騒ぎがあった。 「こんな不良品持って来やがって! うちは『十三人の将軍』にも卸している大店だぞ。こんなモノ持ち込んで、うちの信用を落とす気か!」 店主が一人の少年を店の外に突き飛ばした。少年が持っていた籠の中身が乾いた音を立てて路上に散らばった。 「何すんだよ!」 年の頃は十二、三歳だろうか。少年は店主に向かって怒鳴り、慌ててこぼれたものをかき集める。散らばったのは、乾燥して茶色に変色した植物の葉だった。 「キリズィ村なんて聞いたこともない! こんな混じり物引き取ってくれる店なんて、アルトゥンにはどこにもないぞ!」 土埃が立つような風の強い日だ。乾燥した葉が、カサカサと音を立てて転がっていく。道行く人々が、地面に這いつくばって葉を拾い集める少年を遠巻きに眺めていた。誰も手伝おうとはしない。 「ちくしょっ…」 少年の目に悔しさで涙が滲んだが、ぐっと堪えてアカギレだらけの手を動かす。だが、冬の乾いた風は無情にも少年の手から大切な葉を攫っていく。結局、籠の中の半分が風に飛ばされてしまい、少年は途方に暮れて地面の上に座り込んだ。 遠い田舎の村から旅してきたここまでの苦労が踏みにじられる光景に、少年は呆然とした。ここまでの旅費をこっそり工面してくれた祖父の顔が瞼に浮かぶ。 少年は滲んだ涙を乱暴に擦り、半分に減った籠を背負った。ふと地面を見れば、店主に『混じり物』と言われた原因が転がっていた。 「こいつのせいで…っ」 悔し紛れにそれを踏み潰そうとした時、冷静な声が少年を止めた。 「待て」 驚いて振り向けば、風に飛ばされたはずの薬草を手にした青年が立っていた。青年はつかつかと少年の方へまっすぐ歩み寄り、足下に転がっている、今まさに踏み潰されようとしていた薄黄緑色の『混じり物』を拾い上げた。そして、手にした薬草を少年に見せて言った。 「この葉はドゥトの一種だな?」 冷たい目で見下ろされて、その威圧感に少年は身体を固くした。 「は、はい。そうです。でも、町に生えているドゥトとは違うって爺ちゃんが……」 ドゥトの実は甘く、黒い実は「カラ・ドゥト」、白い実は「アク・ドゥト」と呼ばれ、ブラックベリーに似ている。葉には滋養強壮・血行促進・利尿作用などの薬効があるとされ、ミネラルや栄養素を多数含んでいた。 「そのようだな」 ドゥト自体はそれほど珍しい植物ではない。少年が持ち込んだ葉の形が若干違うことを乾燥した状態で見極められるとは、この青年も薬種問屋の関係者だろうか。 青年は、ドゥトの葉と『混じり物』を交互に見つめ、しばし考え込むと、今度は少年の顔をじっと見つめた。 その視線があまりに冷ややかで鋭いので、怒られたわけでもないのに少年はビクッと肩を震わせた。 「少年、その籠の中身は私が買い取ろう。その代わり、二、三、聞きたいことがある。ついて来い」 有無を言わせぬ迫力に少年はびくつきながらも頷く。踵を返した青年を、店の中に引っ込んでいたはずの店主が出てきて呼び止めた。 「お待ちください! ザガノス将軍!」 「え……将軍!?」 少年は、店主の呼びかけに驚いて青年を見上げた。 「そんな薄汚い小僧の持ち込んだ、虫がついた薬草などお使いになれば、将軍の御名に傷がつきます。どうぞおやめください」 「店主よ」 「はい」 「この店の品の質がいずれも高いことは認めよう。また、いつも希少な薬種の仕入れに協力してもらっていることに感謝もしよう。だが、君はこれが何か知っているか?」 「は? …こんな蛾の死骸が何か?」 「死骸か。確かにそうだな」 「は、はあ…」 「わからなければ別にいい。少年、行くぞ」 ザガノスは、店主に素っ気なくそれだけ言うと足早に立ち去る。店主が訳がわからないといった風情で首を傾げる傍らで、少年が慌ててザガノスの後を追った。 ザガノス将軍の私邸に呼び出されたスレイマンは、勝手知ったる屋敷の中を上司のいる部屋目指して足早に歩いた。『十三人の将軍』の一人だというのに、邸の使用人はごくわずかで、門をくぐってからザガノスの私室まで誰とも会わなかった。 少し不用心すぎやしないかと、スレイマンはいつも思うのだが、どうやら家の中を大勢の人間が動き回るのが嫌なようだ。その気になれば、前線で何十日も騒がしい兵たちに囲まれて過ごすこともできるのに、それが彼の性分なら仕方がない。 だが、国政の中心に身を置く者として、身辺警護や周辺の安全に気を遣うのも仕事の一つだ。あるとき、スレイマンがそう忠告したらザガノスは「そうか」と言っただけだった。 だが、その日を境に、彼の周辺にある特殊な気配を感じるようになった。スレイマンの前には決して姿を見せないが、どうやら影ながら自身の警護をする者を雇ったようだ。 スレイマンはいつものようにノックもせず、ザガノスの部屋に入った。 「お呼びですか、ザガノス将軍」 室内にいたのは、珍しくザガノスだけではなかった。 「どうしたんです? この小僧は?」 所在なげに椅子に座り机の上のお茶を飲もうかどうか迷って、もじもじしている少年は、かなりくたびれた服やぼさぼさの髪などの身なりから見ても貧しい農村の子どもだった。椅子の下に置かれた接ぎ当てのだらけの布鞄を見ると、長旅をしてきたことが窺えた。この年の子どもにしては珍しい。 「子どもを拾ってくるなんて、カリル将軍みたいですね」 ザガノスは見当違いな感想を述べたスレイマンを無視し、少年の身元を語りはじめた。 少年はハシムと名のった。第四州の州都に近いキリズィ村の出身だった。丘陵地帯にある村で、街道から外れているため隊商などが立ち寄ることもなく、唯一商品価値がありそうな薬草を丘陵から集め、買い付け人に買い取ってもらうのが、生活の糧を得るための限られた手段だった。だが、月に一度、村へやってくる買い付け人には、足元を見られて安く買い叩かれる始末。ならば、と少年が直接町の問屋へ持ち込み、少しでも高く買ってもらおうとしたのだが、薬種業界には厳然たるルールがあり、飛び込みでの営業行為を認めなかった。品質と信頼が一番の薬種取引では、見ず知らずの少年が持ち込んだ品など見向きもされなかったのだ。 まして、混じり物がある商品など以ての外だった。 「で、混じり物っていうのは?」 「これだ」 ザガノスが机の上に包み紙を置く。それを慎重に開いて、中身を見たスレイマンは一瞬奇妙な顔つきになり、しばらく記憶を辿って、ふいに目を見開いた。 「まさかこれって……」 薬種問屋の店主が蛾の死骸と言った物だ。だが、スレイマンにもザガノスにも、これがただの蛾の死骸などでないことが分かっていた。 「キリズィ村のドゥトの葉についていたものだ」 それは、一見すると綿状の塊にしか見えない代物だった。その塊の一部が破れ、中から蛾の死骸が顔を覗かせていた。蛾の蛹が繭を破って出ようとしたが、途中で力尽き死んでしまったものだろう。 ザガノスは、乾燥したドゥトの葉を一葉スレイマンの鼻先に突きつけた。 「たしか、ウラドからそろそろ帰ってくる頃だな。キリズィ村は通り道だ」 ザガノスが呟く。主語を抜いた言葉にスレイマンは、しばし考えるような顔をしてから言った。正確には通り道ではないが、通り道になるようにしろということだろう。 「わかりました。あいつらに調べるよう伝えます」 視線だけで会話する大人二人の傍らでキリズィ村の少年は、不安そうな顔でザガノスとスレイマンの顔を交互に見ていた。 「心配すんな。ヤボ用が済んだら、ちゃんと村まで送ってやるよ」 スレイマンは、そんな少年の頭を乱暴に撫でてから席を立とうとしたが、少年に急に袖を引っ張られてバランスを崩しそうになった。 「オイオイなんだよ、心配しなくても――」 「そんなことより、あんたたち軍人さんだろ!? 兄ちゃんを知らねえか? 兄ちゃんを捜してくれよ!」 「兄ちゃん?」 「オイラの兄ちゃんだ! アルトゥンで軍人やってるんだ!」 興奮気味に叫ぶ少年は必死な表情でスレイマンの裾に縋りついた。 「この前、帰ってきたとき、兄ちゃんは『皇女の冠』を見つけたって言ってたんだ!」 「皇女の冠だと?」 スレイマンとザガノスは顔を見合わせた。一般人が聞けば、皇女といえば大秦の皇帝の息女のことを想像するだろう。だが、二人には、それが違う意味を持つことを示していた。 「オイラが薬草を売りに行くって言ったら、兄ちゃんは『皇女の冠』が手に入れば、もうそんなことしなくていいって言って、だから手に入れるまで帰らないって…『皇女の冠』って何だろう? ねえ、あんたたち知らない? アルトゥンにあるんだろ? どこの店で売ってるのかな? 兄ちゃんはいつ帰ってくるんだろう……?」 最後の方は消え入りそうな声だった。兄が見つからず、不安な気持ちが募ったのだろう、顔をくしゃくしゃにして涙を必死に堪えている。 ザガノスはスレイマンに向かって思案げに頷いた。 「おい坊主。もっと詳しく話してみろ。そしたら、兄ちゃん探してやる」 スレイマンの言葉に少年は縋るような表情で首を何度も縦に振ってから、話し始めた。 ++ 2 ++ マフムート、アビリガ、キュロスの三名がウラド王国を発って数日後、山岳地帯から平野部へと下ってくると、雪はほとんどなくなっていた。ムズラク将国内にある隊商が立ち寄る村で橇から馬に乗り換え、海の街道を一路金の町を目指して進みはじめた。 ちょうどバルタ将国に入った頃、マフムートの腕に鳩が舞い降りた。マフムートは器用に鳩の足の伝書筒を外し、中から小さな巻紙を取り出して読み始めた。 「スレイマン長官からですか?」 アビリガが馬の足を止めてマフムートの手元に視線を投げた。 「ええ。ついでのお使いを頼まれました」 「あの人も人使い荒いよな。一休みさせてくれたっていいじゃねえか」 キュロスが文句を言いながらマフムートの腕に止まった鳩に手を伸ばす。喉下の首を指先で撫でてやると、鳩は喉を鳴らすように鳴いた。 「キリズィ村へ寄ってほしいそうです。街道を少し外れますが、それほど時間もかかりませんし構わないでしょう」 バルタ将国とトルキエのちょうど境辺りにある村だ。正確には『十三人の将軍』が統治する第四州にあたる。 「で、オッサンはその村で何をしろって?」 「ドゥトの葉の流通状況を調べるように、だそうです」 「ドゥトって、あの実がなるやつですか」 「ええ、木イチゴみたいな実がなります。赤ドゥトと白ドゥトがあって、けっこう美味しいですよ。国内ではわりと知られた果物ですけど、葉は薬にもなるそうです」 「へえ? 実は食ったことなかったな。じゃあ、村に行けば食えますよね」 「どうでしょう? 実がなる時期はとうに過ぎてしまいましたから。金の町では実を煮詰めてジャムにしたりしますけど」 「保存食にもなるってことか。美味そうですね。じゃ、まあ早いとこお使いの方をやっつけちまいましょう」 やはりキュロスさんは食べ物のことになるとやる気が違うな、とマフムートは笑う。 「そうですね。急ぎましょう」 (中略) 金色の町に帰って来るなり、一同は招かざる客に振り回されることになった。しかし、その客はルメリアナ大陸を揺るがす大きな策を手にしての来訪だった。 対帝国同盟の参加を呼びかけたい、と海の都(ヴェネディック)の国家元首アントニオ・ルチオは言った。元首自らが危険を顧みず国外へ出た行為から、その言葉を疑うつもりはないが、相手が一筋縄ではいかない人物だということを知っているだけに、トルキエ側は慎重かつ迅速に対応しなければならなかった。しかし、そんなことよりもマフムートにとって問題だったのは、ルチオが自邸に居座っていることであった。 海外の賓客をもてなすための迎賓館があるというのに、ルチオはそちらへ移ろうとはしなかった。おかげで、同盟会議開催までの一週間、マフムートが面倒を見なくてはいけなくなったのである。 マフムートの屋敷の一室を勝手に占拠していたルチオは、水煙草を手にくつろいでいた。部屋には、アビリガとルチオ二人きりだ。 「ドージェ、いい加減にしてください」 「そんな台詞を君が言えた義理か。裏切り者」 拗ねてそっぽを向いたルチオをアビリガは宥めようとしたが、ルチオは動こうとしない。 「…困りましたね」 アビリガがため息をついた。一方、ルチオは小言を嫌って、無理矢理話題を変える。 「で、君の大事な将軍様とは、うまくいっているのかい?」 「ええ、まあ、おかげさまで」 ちらりとアビリガの顔を見て、ルチオは秀麗な顔に似合わず盛大に舌打ちする。 「なんだ、つまらん」 ルチオは、水煙草をゆっくりと吸い、吐き出した。トルキエの調度品が並ぶ部屋を見回す。絨毯の織りは見事だが、将軍の屋敷にしては質素な方だろう。 ルチオは「ふむ」と何事か思案する。 「アビリガ」 急に真顔になったルチオが手招きした。内密の話だろうか、アビリガは訝りながらも近づく。耳を寄せろと手振りで指示されたので、膝に触れるくらいの場所で跪いて首を傾けた。 ルチオがアビリガの肩に片手を置き、耳元で囁くようにして顔を近寄せた。 ちょうどその時―― 「すみません、アビリガさ…」 木製の扉が開き、マフムートが顔を出したのと、アビリガがルチオに引き倒されたのが同時だった。 端から見れば、アビリガがルチオを押し倒しているようにしか見えないその光景に、マフムートは言葉を失い立ち尽くす。 「……し、失礼っ!」 マフムートは、すぐに我に返って部屋を慌てて飛び出した。バタバタと慌ただしい物事がして、最後にドタンッと派手に落ちた音がした。梯子から落ちたのだろう。 「…ドージェ」 クスクスと笑うルチオをアビリガが思い切り顔をしかめて睨む。 「わざとですね」 「なに、進展がなさそうなので、ちょっと発破をかけてやろうと思っただけさ」 「余計なことを……」 低い声で苦々しく言ったアビリガに、ルチオは意味ありげに笑う。 「追いかけなくていいのかい?」 「追いかけて何を言えと?」 「彼――顔、真っ赤だったぞ」 「誰のせいですか…」 「今頃、どこかで泣いているかもしれないな」 「そんなことはありませんよ」 アビリガの言葉に、ルチオは「おや?」と片眉を上げた。 「もう少し器用かと思ったが――。フム、私の買いかぶりか」 ルチオは小さく呟く。 「想像を膨らませるのは勝手ですが、どうしてくれるんです?」 「誤解なら早めに解いた方がいいんじゃないか? まあ、誤解させたままの方が良いというなら、共犯者くらいにはなってやるが」 「………」 アビリガは答えない。ルチオは足を組み直し、小さく息を吐いた。 「で、アビリガ。君はどうするつもりだ?」 戯れめいた口調を改め、ヴェネディックの国家元首の顔に戻ったルチオの瞳に剣呑な色が混じる。 アビリガは、マフムートの背が消えた扉を見つめて、曖昧に笑った。 「さて、どうしましょうか」 ――どうして飛び出してきてしまったんだろう。 別にあの二人がどういう関係だったとしても自分に関係はないはずだ。そう思い込もうとして、なぜか釈然としない自分に焦る。どこか腹立たしくもあった。 「……あんなことしたくせに」 マフムートは、手の甲で唇を擦った。霧のヴェネディックでの出来事を回想し、自己嫌悪に陥る。 力強い両腕に抱きしめられ、甘く囁かれたこと。アビリガの指が自分の肌の柔らかいところばかりを執拗に辿ったことや、唇が触れた箇所が熱く疼いたこと。口づけ一つで満たされた気持ちになったことなど。様々な感覚が脳裏によみがえっては、たった今見た光景に打ち消されていく。 マフムートは、勢いに任せて玄関を飛び出すと、急に力が抜けたように扉の前に座り込んだ。 「……ずるい」 ルチオとアビリガは、純粋な上司と部下という関係ではないだろう。昔からのつきあいなのだろうか。現在進行形なのか、終わった関係なのか、いや、でも終わっているなら、今見たアレはなんだったんだ、とマフムートはめまぐるしく考えた。 自分はその他大勢の一人――そういうことだろうか。 せめて追ってきて、言い訳するなりしてくれたらいいのに、それすらないのかと思うと、なんだか、アビリガの態度に怒るより、いっそ悲しくなってきた。 「あれ? マフムート将軍、どうかしたんですか?」 ちょうどキュロスが両手にいっぱいの戦利品(という名の食料)を抱えて帰ってきたところだった。口には羊肉の串を咥えている。 真っ赤な顔で泣きそうになっているマフムートを一目見て、キュロスは頭を掻いた。 「ドージェにアイツのことで何か言われました?」 キュロスの勘は、ちょっとピントは外れているがだいたい合っているところが恐ろしい。 「い…いえ、そういうわけでは!」 「じゃあ、アイツがあなたに何かしたとか?」 「いえ! そんなことはっ……!」 焦って力一杯否定した挙げ句、俯いて黙り込んでしまったマフムートを見て、キュロスはしばし沈黙すると、突然勢いよく肉を咬みちぎった。 「……ブッコロス」 抱えた串焼きやらケバブやらをマフムートに押しつけると、キュロスは両腕をまくって、玄関の扉を乱暴に開けた。キュロスの剣幕に慌てたのはマフムートだ。 「いえっ、本当に違うんです! キュロスさん!! 早まらないで!」 食べ物で両手がふさがったマフムートは、キュロスを引き留めることもできず焦った。 そして、ちょうどそこへ運悪くというか、都合よくというか、キュロスの殺意の対象者―――アビリガが顔を覗かせた。 「テメエ! いい度胸だ!」 「ご主人様、すみません」 口を開いたのは二人同時だったが、行動に出たのはアビリガの方が早かった。キュロスには見向きもせず、一瞬でマフムートに駆け寄ると、食べ物の袋を取り上げてキュロスに向かって放り投げた。次いで、マフムートの身体を横から攫うと、そのまま逃げるように身を翻した。キュロスが文句を言う暇も、一発殴る暇もなかった。 キュロスは、放り投げられた袋を慌ててキャッチして叫ぶ。 「あっ、テメッ、食いモンを粗末にするんじゃねえ!」 この場に銀色の都のニキがいたら「そっちかよ」と盛大なツッコミが入ったことは間違いない。 一方、二階の窓から一部始終を眺めていたルチオは肩をすくめた。 「素直じゃないねえ」 呆れた口調で呟いた。 続きは、「大円蓋の月 Veliaht Prenses−皇女の冠−」にて |